★★★★で満点、ネタバレは原則ありません。
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落下の王国

 「ザ・セル」の鬼才・ターセム監督が、6年振りに撮り上げた意欲作。病人が少女に空想の話を物語るという設定と、ターセム監督の映像美にピンと来て劇場に足を運びましたが、これが想像以上の相性の良さでした。

 とにかく物語が良い。スタントマン・ロイと少女の、友情とも愛情とも取れる不思議な関係というとても繊細な物語を、壮大な空想物語を隠喩として丁寧に描き出すというのは、映像世代の監督ならではの発想で引き込まれました。少女やロイがそれぞれ抱える葛藤などもきちんと描き切ることによって、小さなドラマを大きなカタルシスに変えています。

 撮影当時5歳というカティンカ・ウンタルーの自然な演技も凄い。一つ一つの仕草がとても生き生きとしていて、何でもないシーンでも思わず微笑んでしまいました。また、彼女のアドリブを物語に反映させたためなのか、空想の物語がいかにも“子供に話したときのお話”の広がり方になっているのも興味深いところです。
 映像も、様々な世界遺産を巡る豪華な内容だけでも凄いのに、相変わらずの壮大な発想とセンスで、思わず見とれてしまいました。そのくせ、情緒のあるカメラワークで坦々としたドラマをさりげなく盛り上げるあたり、監督の確実な演出力が感じられます。

 小さな弟に絵本を読むときに「なんで?」を繰り返され、1ページ読むのに何十分もかけた身としてはとても共感したのとともに、物語というものが持つ可能性を再確認させられたました。まさに物語賛歌、映画賛歌という言葉が似合う作品です。

監督:ターセム
出演:リー・ペイス、カティンカ・ウンタルー、ジャスティン・ワデル、ダニエル・カルタジローン、レオ・ビル
20080921 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

ダークナイト

 旧シリーズとは一線を画した、クリストファー・ノーラン監督による人気ダーク・ヒーロー映画の第二弾。映画史上に残る大ヒットを飛ばしたものの、作品としては空疎そのものでした。

 なんと言っても今回の目玉であるべきジョーカーについての掘り下げがお粗末すぎます。彼が何故ジョーカーのメイクをし、狂人のような行動をするのかについて殆ど語られないばかりか、数少ない解説も冗談めかして話すだけという演出では、ジョーカーがただの頭の弱いチンピラにしか見えません。見せ場であるべき犯罪行為の数々も、単に理不尽なテロ行為というだけで、狂気やウィットを感じさせる「ジョーカーらしい犯罪」になっていないという点も耐え難いところです。
 脇を固めるトゥーフェイスの方が、動機も葛藤もきちんと描けていて悪役として魅力的なだけに、ただ出てきては話をかき混ぜるだけのジョーカーを中心に話を構成したのは失敗でしょう。同じくバットマン=ブルース・ウェインが、現実に立ち向かえずに逃げてるだけの弱虫にしか見えないというのも脚本のミス。その他にも個々のエピソードに決着をつけないまますぐ次の話題へと移る展開など、脚本のセンスを疑う箇所が多々ありました。

 一応アクションに多くの時間を割いている映画なのに、演出が10年前からまったく進歩せず、かつ分かりにくいというのも致命的。音楽とカット割りで誤魔化していますが、見れば見るほど白けてしまいます。俳優では、ゲイリー・オールドマンの彼らしからぬ落ち着いた演技や、アーロン・エッカートのいかにもアメリカン・ヒーローといった佇まいが目を引きました。ジョーカー役のヒース・レジャーも頑張っている印象ですが、演じる役自体に魅力がないのが残念。

 趣味の問題と言われればそれまでなんですが、ここまで欠点だらけの映画を他の人がどう楽しんでいるのか、僕には想像できません。ノーラン監督は、初期作品の頃からの「セリフだけで説明した気になってる」という弱点をそろそろ直さないと、どこかで大コケしそうです。

監督:クリストファー・ノーラン
出演:クリスチャン・ベール、ヒース・レジャー、アーロン・エッカート、マイケル・ケイン、ゲイリー・オールドマン、モーガン・フリーマン、マギー・ギレンホール
20080918 | レビュー(評価別) > ★ | - | -

M:i:III

 主演のトム・クルーズが製作も務める人気シリーズ第三弾。毎回違ったコンセプトで楽しませてくれますが、今回は一言でまとめれば「TVシリーズ総集編のような濃さ」が最大の見所でした。

 もともとJ・J・エイブラムス監督自身、数々のヒットTVシリーズを手がけていることもあり、今作からは近年のアメリカTVシリーズものの雰囲気が色濃く漂います。分かり易さ重視のカメラワーク、二転三転して更に最後でひっくり返すプロット、細かいところで自己主張する脇役たちなど、TVシリーズで培われた新しい技法を、いち早く作品に反映させるあたりがトム・クルーズの手腕なのでしょう。芸術的なカメラワークや、深みのある物語を期待すると落胆しそうですが、アクション映画としては正しい割り切り方だと思いました。
 俳優陣は、シリーズでも最高の豪華さ。特に名バイ・プレイヤーのフィリップ・シーモア・ホフマンが、大きいお腹を揺すっての大活躍で笑わせてくれました。逆にジョナサン・リス=マイヤーズなんかは、けっこう活躍するのに最後まで彼だと気付きませんでしたが…。

 相変わらずどこが「スパイ大作戦」なのか不明なのはご愛敬。もともとアクションだけ見に行っているようなものですし、このぐらいの薄さがベストなのかなあと思いつつ、その計算尽くの作りにいまいち納得できないのも事実。まあ、このあたりで大団円でしょう。

監督:J・J・エイブラムス
原作:ブルース・ゲラー
出演:トム・クルーズ、ヴィング・レイムス、マギー・Q、ジョナサン・リス=マイヤーズ、ミシェル・モナハン、ビリー・クラダップ、フィリップ・シーモア・ホフマン、ローレンス・フィッシュバーン
20061012 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

ローズ・イン・タイドランド

 ギリアムの大ファンというミッチ・カリンによる原作を、そのままギリアム本人が気に入って映画化したホラー風味のファンタジー作品。「ブラザーズ・グリム」の製作中断中に撮影しただけあって、いつもより更にやりたい放題な内容に、ついて行くのがやっとでした。
 ギリアム版「不思議の国のアリス」とも言うべき内容で、主人公ローズの妄想世界はまさに絶好の題材。ただ、それを第三者視点で描いているので、ローズが現実から逃避しているのが客観的に見えてしまって、痛ましいというかなんというか。まともな人間がいないのはいつものことですが、今回は主人公まで一緒になって観客を置いてけぼりにしてくれます。そんなこんなでひたすら疲れたものの、ギリアムの健在ぶりを文字通り体感できたのは収穫でした。この調子で最期まで暴走し続けて欲しいところです。

 実は冒頭とラストだけが現実で、途中の話はラストのアレを見たローズがさかのぼって“捏造”したものなんじゃないかとか、いろいろと考察できると楽しいかも。あとローズ役のジョデル・フェルランドがかなり可愛いうえに演技も抜群だったので、今後が気になります。

監督:テリー・ギリアム
原作:ミッチ・カリン
出演:ジョデル・フェルランド、ジェフ・ブリッジス、ジャネット・マクティア、ブレンダン・フレッチャージェニファー・ティリー
20061006 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

デジモンアドベンチャー

 今やすっかり人気を得た細田守監督の映画デビュー作。20分という短編ですが、子供向けアニメとは思えない高い完成度は必見です。

 何より演出センスが凄い。アニメ作品には珍しく実写的なカメラワークを取り入れ、望遠と広角、カットバックと長回しを効果的に使い分けた映像には迫力があります。画面に入れる要素の取捨選択も秀逸で、風景描写が人物の心情描写になるあたりは古典的な日本映画に通じるものもあり、アニメーションにおける演出もここまできたかと驚かされました。
 デジモンのタイトルを冠していますが、ストーリー的には単体の怪獣映画としても楽しめます。少年が未確認生物のタマゴを手に入れる導入部から、大友克洋の「童夢」を彷彿とさせる後半までの展開は、地味ながら心に響きました。

 あまりにストイックな内容で、公開当時の子供ウケは最悪だったようですが、そのあたりは同時上映の別の作品に任せてしまえば良いわけで。細田監督は、この後も演出した作品が軒並み高評価を受けるのですが、それも納得の秀作です。ぜひ。

監督:細田守
声の出演:藤田淑子、荒木香恵、坂本千夏
20061005 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

星をかった日

 三鷹の森 ジブリ美術館でのみ上映される、宮崎駿監督による16分の短編。高密度なアニメーションには流石の一言ですが、安定しすぎて目新しさはありません。

 僕は宮崎駿のファンタジー世界というのが肌に合わないようです。おそらく原因は、毒を抜かれたキャラクターしか登場しなせいでしょう。子供向けだからといって毒を抜くよりは、むしろ大人になって思い返して初めて理解できるぐらいが好きなので、絵に描いたような善人と申し訳程度の悪人しか登場しない物語は、白々しくてダメなのです。
 「耳をすませば」と同じ井上直久の「イバラード」を舞台にしていますが、今回は設定のみの拝借で外見は別物。筋書きは宮崎アニメの王道とも言うべき「救出モノ」で、どこかで見たようなキャラクターも相まって既視感ばかり。テーマ自体も紋切り型で、それが本当に監督の言いたいことなのか、と聞き返したくなるような内容でした。

 宮崎駿のイバラードへの愛が詰まった一作と言えば聞こえは良いですが、宮崎アニメを多く観てきた人には目新しいものが何一つない凡作。息抜きには良いかもしれませんが、わざわざ観に行くようなものではないなあ、というのが正直な感想です。

監督:宮崎駿
原作:井上直久
声の出演:神木隆之介、鈴木京香、若山弦蔵、大泉洋
公式サイト
20061004 | レビュー(評価別) > ★ | - | -

ゲド戦記

 あまりにも偉大な父を持ってしまった宮崎吾朗監督の、これがアニメーション初監督となる長編作品。原作は「指輪物語」「ナルニア国物語」と並んで世界三大ファンタジーの一つに数えられる傑作小説。初監督にしては意欲的な内容に、まずは安心させられました。

 何しろ素人らしい演出が見ていて辛い。あまりの拙さに観賞中はハラハラしましたが、そのせいか監督の主張がストレートに伝わっててきて、後半なんかはかえって楽しめました。近年のジブリ映画と完全に決別した作画も凄い。クオリティにこだわりすぎて硬直化してしまったスタジオに対する、強烈なアンチテーゼでしょう。子供だましなら誰にでも出来る、それより大の大人が楽しめるエンタテイメントを、という監督の主張が感じられます。経験不足がつくづく悔やまれますが、次回作以降でのさらなる発展が期待できる良作だと感じました。
 技術的な面では、クロード・ロランそのままの背景美術が最高。描き込みすぎでクドくなりがちだった近年のジブリ作品の中では出色です。アニメーション部分が粗雑なのは惜しいところですが、部分部分で引き込まれるような演出が見られるあたりは、さすがジブリ。声の演技も相変わらず渋くまとまっていて、媚び媚びのアニメ声でないのは何よりでした。

 原作既読者としては、あの世界観を説明しきれていないのは悔しいところ。ただ、そもそもこの深遠な世界を、二時間という制限の中でエンタテイメント的に消化することの方が不可能なわけで。原作の良さを仄めかしつつ、分かり易い内容に徹するというのは正解でしょう。テーマを重視しすぎるあまりエンタテイメント性を失いつつあった近年のジブリ作品に対して、内部告発とも言える論陣を張ったことだけでも評価できると思います。

 ここまで堂々とラブコールされれば、お父さんも悪い気はしないのでは。父にしろ息子にしろ、次に期待、です。

監督:宮崎吾朗
原作:アーシュラ・K・ル=グウィン
声の出演:岡田准一、手嶌葵、菅原文太、田中裕子、小林薫、香川照之、風吹ジュン
公式サイト
20061003 | レビュー(評価別) > ★ | - | -

ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女

 「シュレック」二作で一気に売れっ子になったアンドリュー・アダムソン監督による、超有名児童文学の映画化。ファンタジー映画の真打ちともいうべき完成度で、万人にお勧めできる大作に仕上がりました。

 児童文学の映画化作品が大流行の昨今において、単体の映画としても観賞に堪える作品は、実は初めてなのでは。台詞より映像で理解させる巧みな語り口で、原作未読者でも自然に物語に入っていけます。冒頭のロンドン爆撃など、原作にないシーンを挿入することで人物と世界に対する理解を深める手法は、映画というメディアを知り尽くした職人ならではの技でしょう。
 そして、ファンタジーの魅力が詰まった原作の世界観を、丸ごと再現した映像世界は圧巻。あくまで子供に語ることを念頭に置き、教訓的ながら押しつけがましくない示唆に富む物語は、キレイ事と言われればそれまでなんですが、子供にも大人にも想像力を磨くことの大切さをさりげなく説いています。トールキンに批判されたという“ファーザー・クリスマス”が堂々と登場するあたりは、子供のための物語を大人が占有することに対する強烈な反感を投げかけているようにすら感じました。

 カメラワークひとつとっても演出意図が明確で、基本的なことすらできていない昨今の大作系映画の中では出色。俳優陣も、地味ながらイギリス出身の実力派俳優を多数起用して厚みがあります。部分的に駆け足になるのが残念ながら、子供も大人も納得の作品といえるでしょう。何より、明るい色調のなかで魅力的な“物言う動物たち”が活躍する様は、映画ならではの喜びに満ちています。児童文学ファンなら、ぜひ。

監督:アンドリュー・アダムソン
原作:C・S・ルイス
出演:ウィリアム・モーズリー、アナ・ポップルウェル、スキャンダー・ケインズ、ジョージー・ヘンリー、ティルダ・スウィントン、ジェームズ・マカヴォイ、ジム・ブロードベント、リーアム・ニーソン、ルパート・エヴェレット
20060515 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

エターナル・サンシャイン

 「ヒューマンネイチュア」のミシェル・ゴンドリー監督が原案から関わった、ちょっとSF風味の恋愛ドラマ。相変わらず達者なチャーリー・カウフマンの脚本が鼻につきますが、心に響くドラマは必見。

 もともとゴンドリー監督が長編デビューにと温めていた企画で、監督のファンタジックな側面が存分に発揮された物語には唸らされました。SFという題材をとりつつも、人間性を鋭く掘り下げた考察には色々と考えさせられます。それだけに、中盤から入り込んでくる余計なドラマが作品の力強さを損なっていて残念でした。
 ホワイト・ストライプスのMVなどでお馴染みのローテク合成がこの映画でも随所に使われていて、前作では見られなかったゴンドリー監督の映像世界が堪能できるのはファンとして嬉しいところ。あと俳優も良い! 久々に素朴な演技のジム・キャリーはなかなか色男に見えますし、キルステン・ダンストやイライジャ・ウッドなど大作映画で特定のイメージができてしまった俳優の珍しい役柄も楽しめました。もちろん、ケイト・ウィンスレットは今回も余裕の演技で魅せてくれます。

 細かいエピソードはいちいち頷けますし、主人公の話をクローズ・アップしていれば集中できたんでしょうが、どこかに“逃げ”の感じられる微妙な完成度が残念。単純な恋愛映画では終わらない題材だけに、正々堂々と撮り上げてほしかったなあ、と。

監督:ミシェル・ゴンドリー
出演:ジム・キャリー、ケイト・ウィンスレット、キルステン・ダンスト、マーク・ラファロ、イライジャ・ウッド、トム・ウィルキンソン
20060513 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

マルコヴィッチの穴

 MV界出身のスパイク・ジョーンズ監督の長編デビュー作にして、脚本家チャーリー・カウフマンの名を世に知らしめた秀作。飛び抜けたセンスは必見なんですが、理屈っぽくなってしまった物語が惜しい。

 実在の人物を題材に展開される奇想天外な物語が、観る前に想像していたものを遙かに凌駕する面白さで、特に中盤の悪夢のような展開には腹がよじれるほど笑わされました。ただ、どれも表層上だけの面白さで、通底するテーマがないので観終わってから残るものもありません。ひたすらナンセンスなのかと思いきや、SFっぽい理由付けがあるのも興ざめでした。
 主演のジョン・キューザックとキャメロン・ディアスは、それまでのイメージを払拭する好演。影の主役とも言えるジョン・マルコヴィッチは相変わらずキレた演技が見物です。ブラッド・ピットやウィノナ・ライダーなどのカメオ出演も驚きましたが、一番の見所はチャーリー・シーンかも…。

 一つのアイデアで通せばいいのに、補助的な要素を付け加えてしまって焦点がぼけたような印象。その“ごった煮”的な賑やかさを楽しめる人には良いんでしょうが、どこか空騒ぎめいていて素直に楽しめません。スパイク・ジョーンズの映像を楽しむために何度も観たくなるものの、物語としては一度で十分でしょう。

監督:スパイク・ジョーンズ
出演:ジョン・キューザック、キャメロン・ディアス、キャサリン・キーナー、オーソン・ビーン、チャーリー・シーン、ジョン・マルコヴィッチ
20060512 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -