★★★★で満点、ネタバレは原則ありません。
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ザ・セル

 CFやMVで活躍するターセム監督の長編デビュー作。ジェニファー・ロペスの初主演作品でもありますが、それ以上に監督の個性が強く光る佳作になりました。

 シナリオは少しSF要素を含んだハリウッド風サスペンスですが、犯人の精神世界描写がとにかく秀逸。絵画のような計算された構図にも関わらず、カメラは重力を忘れたかのように自由に動き回り、被写体も次々と形を変えていく様に見とれるばかりでした。CGによってあらゆる表現が可能になった現在においても、ここまで作品として完成された映像は他に見たことがありません。
 美術や衣装への力の入れ方も凄い。砂漠のロケなどを挟むことでセット撮影と対比させ、映画全体のメリハリをつけるなど、とにかく映像にまつわる全ての要素にセンスを感じる作品でした。惜しむらくはプロットがありきたりのハリウッド映画的で粗雑だったこと。ここが疎かになってしまったため、精神世界の描写に必然性を感じられませんでした。

 俳優では、やはりヴィンセント・ドノフリオの鬼気迫る演技が良かった。この映画での教訓を生かしたのか、ターセム監督の次作『落下の王国』は物語と映像ががっちりと噛み合った傑作でした。未見の方はぜひ。

監督:ターセム・シン
出演:ジェニファー・ロペス、ヴィンス・ヴォーン、ヴィンセント・ドノフリオ、マリアンヌ・ジャン=バプティスト、ジェイク・ウェバー
20110531 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

ボーン・アイデンティティー

 ロバート・ラドラムの原作をマット・デイモン主演で映画化し、大人気を博したアクション・サスペンス作品。演出とストーリーがちぐはぐで、何をやりたいのか分からない内容でした。

 設定はいかにも冷戦後のサスペンス作品にふさわしく興味をひかれましたが、演出が今ひとつで入り込めません。ハンディカムで遠景から撮るのはテーマに合っていますし画的にも面白くなりますが、あまりにそればかりだと単調になってしまいます。カットバックも考えて使っているようには見えません。物語は、導入部こそ良かったものの、後半は90年代のハリウッド映画に逆戻りですっかり飽きてしまいました。配役でも、マット・デイモンは役柄にイマイチはまっていないし、フランカ・ポテンテは単純なヒロイン像を演じさせされていて、とにかく全てが勿体ないという印象です。
 そもそも暗殺者という設定が時代遅れなので、リアリズムを追求したことでかえって非現実さが強調されてしまったのでは。単純なアクション映画として観るなら楽しめるかもしれませんが、それならもっと頭の悪そうな作品の方が、まとまりがある分まだマシかもしれません。

監督:ダグ・リーマン
原作:ロバート・ラドラム
出演:マット・デイモン、フランカ・ポテンテ、クリス・クーパー、アドウェール・アキノエ=アグバエ、ブライアン・コックス、クライヴ・オーウェン
20110523 | レビュー(評価別) > ★ | - | -

ファーゴ

 コーエン兄弟が“実際にあった事件”を元に撮った犯罪映画。スローテンポな演出と美しい映像だけではない、気迫すら感じる独特の作品です。

 コーエン兄弟お得意の、淡々としたドラマが積み重なることで次第に事件がとんでもない方向に転がるという展開は本作でも変わりません。しかし今回は登場人物、舞台設定、題材など全ての要素がうまくまとまったため、上質の犯罪映画に仕上がりました。一般市民と犯罪者の境界線を曖昧にするシリアスなプロットと、ユーモラスな会話が共存するアンバランスさも、不思議と犯罪のリアリズムを盛り上げていて、映画の雰囲気作りに一役買っています。派手さこそありませんが、犯罪映画の違った楽しみ方を教えてくれた作品です。
 舞台設定が良かったのか、トリッキーなカメラが売りのコーエン作品の中でも、特に芸術的なカメラワークが多いのも見どころの一つ。俳優では、まずなんと言っても“変な顔”スティーブ・ブシェミの怪演が光ります。コンビを組むピーター・ストーメアの不気味さも印象的。また、主演のフランシス・マクドーマンドとウィリアム・H・メイシーもそれぞれ良い演技をしていて、僕はこの映画で名前を覚えました。

 犯罪映画として十分に楽しめる本作ですが、最大のトリックは最後まで明かされません。クレジットにあえて嘘を潜り込ませたり、プログラムに偽の酷評レビューを掲載するコーエン兄弟ならではの遊び心ですが、おそらく全ての観客が、指摘されなければ騙されたことにすら気付かないことでしょう。前作『未来は今』が認められなかったことに対する痛烈な皮肉なのかもしれませんが、映画を撮るのにここまで考えるコーエン兄弟監督の才能に、ただただ驚かされました。

監督:ジョエル・コーエン
出演:フランシス・マクドーマンド、ウィリアム・H・メイシー、スティーヴ・ブシェミ、ピーター・ストーメア、ハーヴ・プレスネル、ジョン・キャロル・リンチ
20110521 | レビュー(評価別) > ★★★★ | - | -

ゾディアック

 『セブン』『ファイト・クラブ』のデヴィッド・フィンチャー監督が、希に見る連続殺人事件の真相に迫ったクライム・サスペンス。監督の新たな可能性が伺える傑作でした。

 ひたすら犯罪の事実を追跡するような地味な内容なのに、最初から最後まで緊張感が持続する不思議な映画でした。これまでのフィンチャー作品らしくない、重厚さすら感じさせる演出で、肝心の殺人自体もそれほどエキセントリックに描かれていません。これは監督の角が取れたのではなく、あくまで原作の面白さをそのまま映画で見せようとした結果ではないかと。ゾディアックの不気味さをありのままに描くことで、当時の人々がその犯罪に取り憑かれた心理を再現し、それを観客に追体験させることこそが、この映画の目的なのでしょう。
 俳優では、ジェイク・ギレンホールとロバート・ダウニー・Jr.がとてもいい味を出しています。音楽の使い方も相変わらず上手い。ちなみに、この映画からフィンチャー監督は完全デジタル撮影に切り替えたとか。とてもそうとは信じられない、フィルム映画のような肌触りは監督のこだわりの賜物です。

 未解決事件なので終わり方もモヤモヤしますが、観終わったときの高揚感は他のフィンチャー作品に負けていません。考えさせるサスペンスを楽しみたい人にはぜひ見て欲しい映画です。

監督:デヴィッド・フィンチャー
原作:ロバート・グレイスミス
出演:ジェイク・ギレンホール、マーク・ラファロ、ロバート・ダウニー・Jr.、ブライアン・コックス、アンソニー・エドワーズ、クロエ・セヴィニー
20110423 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

バーン・アフター・リーディング

 豪華な俳優陣が話題になったコーエン兄弟お家芸の不条理ドタバタコメディ。若干軽い内容ですが、見た目の豪華さもあってなかなかの佳作に仕上がっています。

 どこにでもいそうな人々がどつぼに陥っていく様はいつものコーエン作品と変わりませんが、今回はジェリー・ブラッカイマー風の演出を徹底させることで、これまでと違った味わいを残しています。映画から得られるものも全くナシ!というところまでブラッカイマー作品そのまま。有名俳優と大仰な演出のおかげで、情けないドラマが余計ショボく見えて、なかなか笑わされました。『ビッグ・リボウスキ』『ファーゴ』のような情緒はありませんが、こういうのも悪くないかな、と。
 映画の作りについては文句なし。ここまでそつなく作ってくれる監督はなかなかいないでしょう。俳優もベテランだらけで安心して楽しめます。特に今回念願のコーエン作品初出演を遂げたブラッド・ピットの筋肉バカっぷりは見どころです。

 映画館で観たときはちょっと物足りなかったんですが、家でもう一度見たら大笑いできました。気楽なコメディとして楽しむのであれば最適な映画です。『オー・ブラザー!』『ディボース・ショウ』と並べて、クルーニー&コーエン三部作として楽しんでも良いかもしれません。

監督:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
出演:ジョージ・クルーニー、ジョン・マルコヴィッチ、フランシス・マクドーマンド、ブラッド・ピット、ティルダ・スウィントン、リチャード・ジェンキンス、エリザベス・マーヴェル、J・K・シモンズ
20110409 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

シャーロック・ホームズ

 コナン・ドイル作の世界一有名な探偵小説を、心機一転アクション大作として映画化。ホームズとガイ・リッチー監督という意外な組み合わせが、不思議なほどよくハマっています。

 今回のホームズは喧嘩っ早くて不精者で、これまでのイメージと違いとても英国紳士には見えません。しかしこのイメージは原作にも少なからずあるものなので、原作ファンとしては違和感はありませんでした。同じく武闘派でハンサムになったワトソン君との相性もバッチリで、21世紀らしいアレンジと言えるのでは。そもそも原作だってゴリ押し推理だらけの大衆向け娯楽小説なので、このぐらいの軽さが丁度良いというものです。随所に印象的なアクションをはさんだり、後半のこれでもかと盛り上げる展開も大作らしく、最後までしっかり楽しめます。
 監督らしいカメラワークも健在。特に冒頭のロンドン望遠からの一連のシークエンスなど、リッチー監督ならではの演出が映画に良い遊びを加えています。ハンス・ジマーによる音楽も印象的。惜しいのは、ホームズらしい“頭脳派”アクションが前半しか楽しめないこと。あのアイデアは素晴らしいので、後半でも活用して欲しかった。また俳優の演技も、準備期間が少なかったのかどこかぎこちないのが残念です。

 いくつか心残りはありますが、全体としてはとても素晴らしいアクション映画でした。既に次回作も動き始めているようですが、今回の勢いのままさらにパワーアップした映画になることは間違いないでしょう。今から公開が楽しみです。

監督:ガイ・リッチー
原案:ライオネル・ウィグラム、マイケル・ロバート・ジョンソン
出演:ロバート・ダウニー・Jr.、ジュード・ロウ、レイチェル・マクアダムス、マーク・ストロング、ケリー・ライリー、エディ・マーサン
20110407 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

魍魎の匣

 京極夏彦による人気ミステリ小説シリーズの映画化第二弾。前作完成後に逝去した実相寺昭雄に代わり、実力派の原田眞人が監督になったものの、作品自体はどこかちぐはぐになってしまいました。

 前作のような膨大な台詞を廃止して原作の要所要所を抽出したシナリオは、なかなか練り込まれていて特に前半は期待させられます。しかし後半になるにつれてスケール感が落ち、最終的にはドラマがどこに落ち着きたいのか分からないまま映画が終わってしまいました。黒木瞳をヒロイン扱いしたかったんでしょうが、久保竣公の存在意義より美馬坂幸四郎の美学をテーマに持ってきたら、この話をここまで長々とやる意味がありません。
 昭和初期の東京を再現するための上海ロケは、水路など東京らしくない風景も多く、一長一短だったようです。急病で降板した永瀬正敏の代役の椎名桔平も、貫禄がありすぎて関口クンらしく見えないのが残念。ただ堤真一の京極堂は相変わらずハマリ役。あと田中麗奈の中禅寺敦子も前回より似合ってました。

 原作モノの映画化という場合、原作のテーマを再現するのか、もっと別のテーマの元に物語を再構築するのかという二者択一があると思いますが、今回はそのどちらにも焦点を絞り込めなかった印象です。前作からの脱却という課題もあったんでしょうが、それで映画自体を見失っては本末転倒のような。

監督:原田眞人
原作:京極夏彦
出演:堤真一、椎名桔平、阿部寛、宮迫博之、田中麗奈、黒木瞳、マギー、荒川良々、篠原涼子、宮藤官九郎、柄本明
20081103 | レビュー(評価別) > ★ | - | -

ノーカントリー

 コーマック・マッカーシによる犯罪小説「血と暴力の国」を、コーエン兄弟監督が映画化した重厚な犯罪映画。サスペンスがメインと思わせておいて、もっと深いところにテーマのある傑作です。

 今回のコーエン兄弟は、これまでのような精緻なプロットをあえて捨てて、アントン・シガーの圧倒的な暴力と、それに直面してしまった人々の反応に焦点を絞っています。そこには人々の生と死に対する価値観が見えるだけで、犯罪映画に期待されるようなサスペンスはありません。しかし、ひたすら静かに進んでいくストーリーの中で、様々な人生を目の当たりにするというのは、これまでのコーエン作品で最も重要な要素であり、そこだけを抽出した結晶のような純粋さこそ、この映画の本質なのでしょう。
 カメラや編集については、あまりに的確で言うことはありません。この安定感もコーエン兄弟作品の魅力です。俳優で印象的なのは、やはりなんといってもシガー役のハビエル・バルデム。また、原作者の友人だというトミー・リー・ジョーンズの老保安官ぶりも様になっています。

 観る前は「ファーゴ」のような話かと思いましたが、観た後の印象はむしろ「ビッグ・リボウスキ」に近い感じでした。これまでのコーエン作品の集大成と言えるのでは。

監督:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
原作:コーマック・マッカーシー
出演:トミー・リー・ジョーンズ、ハビエル・バルデム、ジョシュ・ブローリン、ウディ・ハレルソン、ケリー・マクドナルド
20081031 | レビュー(評価別) > ★★★★ | - | -

オーシャンズ13

 スティーヴン・ソダーバーグ監督による、大ヒットシリーズ第三弾。今回は、エンタテイメントに徹した一作目と、アイドル映画を目指した二作目のいいとこ取りを狙った内容でした。

 ご都合主義ながらも精巧に練られた脚本や、豪華キャストはそのまま。今回新たにアル・パチーノとエレン・バーキンを加えて賑やかさを増していますが、物語自体が中盤でもたついてしまいました。大オチに向けて伏線を張りまくった反面、その間に大きな事件がないのが一因。それをごまかすためのジョークも笑えるのですが、かえって物語を見失うことに。結局どっちつかずに終わってしまった印象です。
 でも、俳優が嬉々として演じているのは相変わらず良かった。特にエレン・バーキンのはっちゃけ方は凄いです。マット・デイモンは今回もやらかしてくれますし、アンディ・ガルシアもどんどん可愛くなるし、クルーニー&ピットはもう恋人みたいな仲の良さ。肝心のアル・パチーノがいつも通りで終わっちゃったのだけが残念です。

 余談ですが、相撲や日本酒といった日本文化がそこここで登場して、こそばゆい気分になりました。一作目でもアンディ・ガルシアが日本語で挨拶してたなー。ともあれ、売り上げ至上主義のハリウッドにあって、こういういかにも豪華な企画が成立するというのは映画ファンとしては素直に嬉しいところです。あとは映画の出来が良ければ最高なんですが…。

監督:スティーヴン・ソダーバーグ
出演:ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、マット・デイモン、アンディ・ガルシア、アル・パチーノ、エレン・バーキン、ドン・チードル
20081019 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

サンシャイン2057

 すっかりハリウッド色が強くなったダニー・ボイル監督によるSFサスペンス。ストーリーより映像に力が入っちゃうあたりも相変わらずでした。

 SFというのは科学的かつ哲学的な骨子が重要である点でファンタジーやホラーとは一線を画していると思うのですが、この映画は極限状態のみに焦点を絞っていて、科学的な意味でのカタルシスが脇役になっています。それを良しとするかどうかで評価が分かれそうですが、僕は不満でした。ラスト付近のアプローチは面白いものの、その背後に哲学性が感じられないのは、過去の名作をなぞることにに力を注ぎすぎたからかもしれません。
 俳優では、「28日後…」から続いて出演のキリアン・マーフィーが期待に違わずフェロモンをふりまいていましたが、映画としてはかみ合っていないような。唯一良かったのは映像。宇宙空間の広大さと崇高さをここまでリアルに描いた作品は、近年珍しいのではないでしょうか。

 7年前に消息を絶った宇宙船という設定から「クライシス2050」を連想する方も多いのでは。図らずもこの映画は、それと似た印象ばかり覚えました。

監督:ダニー・ボイル
出演:キリアン・マーフィ、ミシェル・ヨー、クリス・エヴァンス、真田広之
20081007 | レビュー(評価別) > ★ | - | -