★★★★で満点、ネタバレは原則ありません。
詳細な評価基準についてはこちら

トゥモロー・ワールド

 P・D・ジェイムズによるSF小説「人類の子供たち」を、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』のアルフォンソ・キュアロン監督が映画化。盛り上がりに欠ける内容ではありますが、映像的にはとても興味深い仕上がりになっています。

 世紀末SFらしい、ロードムービーと人類の存亡を組み合わせた展開ですが、テーマにもう一つ共感を覚えませんでした。もしくは、提示されるテーマが映画として楽しむには重すぎたのかも。主人公の感情描写が希薄なので、観客としてどう反応すればいいのか迷う点もその一因です。
 一方で映像表現は目を見張るものがあります。特に幾度かある長回しのカットは、CGを使ったとしてもどうやって撮影されたのか分からないほどの完成度。終末感の色濃い荒廃した街並みも手を抜いていない、なんともリッチな映像だったので、その魅力だけで最後まで楽しめました。

 キュアロン作品は映像と物語が乖離している印象がありますが、特にこの映画はその傾向が顕著に出てしまいました。ハードSF自体の取っつきにくさもあります。ただ、それを前提に観るのであれば、最後まで楽しめる作品かもしれません。

監督:アルフォンソ・キュアロン
原作:P・D・ジェイムズ
出演:クライヴ・オーウェン、ジュリアン・ムーア、マイケル・ケイン、クレア=ホープ・アシティ、キウェテル・イジョフォー、チャーリー・ハナム
20110425 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

ゾディアック

 『セブン』『ファイト・クラブ』のデヴィッド・フィンチャー監督が、希に見る連続殺人事件の真相に迫ったクライム・サスペンス。監督の新たな可能性が伺える傑作でした。

 ひたすら犯罪の事実を追跡するような地味な内容なのに、最初から最後まで緊張感が持続する不思議な映画でした。これまでのフィンチャー作品らしくない、重厚さすら感じさせる演出で、肝心の殺人自体もそれほどエキセントリックに描かれていません。これは監督の角が取れたのではなく、あくまで原作の面白さをそのまま映画で見せようとした結果ではないかと。ゾディアックの不気味さをありのままに描くことで、当時の人々がその犯罪に取り憑かれた心理を再現し、それを観客に追体験させることこそが、この映画の目的なのでしょう。
 俳優では、ジェイク・ギレンホールとロバート・ダウニー・Jr.がとてもいい味を出しています。音楽の使い方も相変わらず上手い。ちなみに、この映画からフィンチャー監督は完全デジタル撮影に切り替えたとか。とてもそうとは信じられない、フィルム映画のような肌触りは監督のこだわりの賜物です。

 未解決事件なので終わり方もモヤモヤしますが、観終わったときの高揚感は他のフィンチャー作品に負けていません。考えさせるサスペンスを楽しみたい人にはぜひ見て欲しい映画です。

監督:デヴィッド・フィンチャー
原作:ロバート・グレイスミス
出演:ジェイク・ギレンホール、マーク・ラファロ、ロバート・ダウニー・Jr.、ブライアン・コックス、アンソニー・エドワーズ、クロエ・セヴィニー
20110423 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

人狼 JIN-ROH

 押井守自身の創作による“ケルベロス・サーガ”の、初の劇場アニメ化作品。監督は高い作画力に定評のある沖浦啓之。

 架空の大戦後の日本を描いた作品ですが、実際は昭和30年代の安保闘争をかなり意識して描かれています。当時の不安定な情勢、政治的な策謀などを物語の背景として巧みに折り込みつつ、登場人物それぞれの立場ごとにドラマを用意するさりげなさは、もはや押井脚本の真骨頂と言えるでしょう。
 ただ一部のシナリオや演出がくどすぎるのが気になりました。僕が色恋沙汰に厳しいのもあるんですが、終盤でちょっと浪花節な雰囲気になるのが惜しい。また、あまりに地味で観客を置き去りにする物語は、特にこの世界観を未体験の人や、そもそも興味のない人が理解するのは難しいのでは。それでも押井監督以外の手で映画化されたことで極端な哲学性は薄まり、これまでのシリーズ作品に比べればエンタテイメント寄りの内容に思えました。

 影を描くことを極力排除した独特の画面作りは Production I.G の高い作画力があってこそ。制作中に『MEMORIES』が完成して優秀な原画家が流れてきたのも一因だとか。小倉宏昌によるドライで緻密な美術も映画の説得力を高めています。セルアニメ時代の最後を飾る、一つの到達点のような映画であることは間違いありません。

監督:沖浦啓之
原作:押井守
出演:藤木義勝、武藤寿美、木下浩之、廣田行生、吉田幸紘
20110421 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

時をかける少女

 筒井康隆によるジュブナイルの名作を、「デジモンアドベンチャー」の細田監督が長編アニメ化し、アニメファンの間で高く評価された秀作。細田監督初見の人には新鮮かもですが、個人的には普通な印象。

 テンポが良く、青春時代のほろ苦い感傷を巧みに再現した脚本の着眼点は秀逸。しかし映画としての面白さはまた別です。主人公があまりに普通すぎて面白みがないので物語にもう一歩入り込めず。SFとしての軸はしっかりしていますが、ドラマとしての軸がブレてしまいました。
 マッドハウスによる作画は文句なしです。演出は良くも悪くもいつもの細田演出で、これをあざとすぎると感じるか否かは人それぞれでしょう。あと、背景の山本二三があまり好みじゃないのも辛かったな……。

 ジュブナイルやSFとして重要な点は押さえているので、中学時代に見ていたら感動したかも。個人的には、「ハウルの動く城」を巡るすったもんだがあったので、細田監督が無事に長編アニメを完成させられたことには一安心でした。ただ作風が一辺倒なので、そろそろ新しい何かを見つけてほしいところです。

監督:細田守
原作:筒井康隆
出演:仲里依紗、石田卓也、板倉光隆、原沙知絵
20110419 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

パプリカ

 筒井康隆の短編を、今敏監督が長編アニメ化した意欲作。単純に良くできていたんですが、どこか空虚な印象が残ります。
 マッドハウスの作画によるイメージの氾濫ぶりは一見の価値あり。ただ、それぐらいしか見所がないので、見終わった後に何も残らないのが残念。筒井原作パワーなのか、監督の癖であるシナリオの悪さは軽減していますが、台詞の一つ一つがどこかぎこちないままでした。90分と短めで気楽に見られる作品なので、台詞は印象的なものだけにしてあまり説明させない方が良かったんじゃないかと。

 止め絵で見ると魅力的なのに動かしてみるとそうでもないというのが今敏監督作品共通の弱点である気がします。せっかくアニメ作品なんだから、アニメならではのこだわりを今後の作品に期待したいところ。

監督:今敏
原作:筒井康隆
出演:林原めぐみ、古谷徹、江守徹、堀勝之祐、大塚明夫、山寺宏一
20110417 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

カラフル

 森絵都による原作小説を、映画クレヨンしんちゃんシリーズで名を馳せた原恵一監督が再映画化。やりたいことは分からなくもないんですが、その手法を疑問視したくなる内容でした。

 観終わっての第一印象としては、とにかく全てがダサかった。特に主人公の家庭が抱える問題が物語の重要な要素なのに、その描き方が中途半端なものなので、登場人物の苦悩も他人事にしか思えませんでした。細かい描写を積み重ねて事実の大きさを実感させるのではなく、言葉で全て説明しようとしたのが一つの要因でしょう。
 同様に、アニメーションとしての気持ちよさも作品からは見られませんでした。映画全体を落ち着いたものにしようとしたのか、人々の動きやカット割りなどがとてもスローですが、登場人物がアニメーション的に描き分けられていないので、ただ退屈なだけになっています。唐突に入る音楽も場違いだし、玉電のくだりもテーマとの関係は薄い。全体に、センスに疑問を感じる作品でした。

 リアルさ重視のアニメほど「アニメでやる理由」が問われると思いますが、この映画はそれに対する回答が皆無でした。今時の中学生の感情を通して普遍的なテーマを描きたいのなら、やはり実写でやって欲しかった。
 あと、余談ですがTVCMでオチのネタバレをされたのも悪印象に一つ買っています。核心を言わなくても、その直前の台詞を言われたら普通わかりそうなものなのに。結果それ以上の何かがある、と期待してしまったので、最後の10分は白けてしまいました。そういうマーケティングも含めて、とても残念な作品です。

監督:原恵一
原作:森絵都
出演:冨澤風斗、宮崎あおい、南明奈、まいける、麻生久美子、高橋克実
20110415 | レビュー(評価別) > ★ | - | -

イリュージョニスト

 ジャック・タチの遺した脚本を、『ベルヴィル・ランデブー』のシルヴァン・ショメ監督が映画化。良質なフランス映画のような、静かな感動がある秀作でした。

 前作の賑やかな雰囲気とは正反対の、静かで心にしみる物語に合わせて、映画のテンポもひたすらスロー。ほとんど台詞のない主人公二人をじっくりと描き、その一挙手一投足で感情を表現させています。大きなドラマがあるわけではないシンプルな物語なのに、何故か印象的なのはその演出が功を奏しているのでしょう。
 登場人物の可愛らしさや魅力的な街並みも見どころの一つ。細かい人物の動きや街の看板一つにもこだわりが感じられて、それらを眺めているだけでいい気持ちになれました。また、手書きのアニメーション作品にはあまり見られない、奥行きを強調した表現が多用されていたのに驚かされました。音楽も相変わらずノスタルジックで魅力的です。

 映画全体を通して、制作者自身がこの作品を大好きなんだという気持ちがひしひしと伝わってきました。少しもの悲しい物語も相まって、大人向けのアニメーションとしての新境地を拓いた作品と言えそうです。

監督:シルヴァン・ショメ
オリジナル脚本:ジャック・タチ
出演:ジャン=クロード・ドンダ、エイリー・ランキン
20110413 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

鉄男 THE BULLET MAN

 あのカルト映画『鉄男』『鉄男 II BODY HAMMER』の、実に17年振りとなる続編。ひたすらパワフルな内容は、ただもう圧巻の一言です。

 今作でも感情ではなく肉体に直接訴えかける、ほとんど暴力のような映像が全編にわたって展開されます。上映時間は71分と短いのですが、観終わったときは3時間以上の大作を見させられたような満足感がありました。一番心配だった主演のエリック・ボシックも上手くはまっていて、初代にも引けを取らない作品に仕上がっています。
 塚本監督は、今回も監督・脚本・撮影・編集・美術・出演と映画全体に関わっています。だからなのか、破綻しそうな一歩手前でなんとか持ちこたえているようなギリギリのバランス感覚が映画からも感じられました。難を言うなら、オリジナルを体験した人には再体験にしかならないこと。しかし、初体験ならばこれほど衝撃的な映画は他にないでしょう。

 ちなみにシネマシティで観賞したんですが、特別にセッティングされた音響のおかげで映画の迫力はかなり増していたように思います。しかも、ただ音響が良いというだけの理由で、人の入りに関係なく大きなスクリーンで上映してくれたので迫力満点。一部のマニアにしか受けない映画であっても、こういう環境で上映してくれる映画館は有難いですね。

監督:塚本晋也
出演:エリック・ボシック、桃生亜希子、中村優子、ステファン・サラザン、塚本晋也
20110412 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

バーン・アフター・リーディング

 豪華な俳優陣が話題になったコーエン兄弟お家芸の不条理ドタバタコメディ。若干軽い内容ですが、見た目の豪華さもあってなかなかの佳作に仕上がっています。

 どこにでもいそうな人々がどつぼに陥っていく様はいつものコーエン作品と変わりませんが、今回はジェリー・ブラッカイマー風の演出を徹底させることで、これまでと違った味わいを残しています。映画から得られるものも全くナシ!というところまでブラッカイマー作品そのまま。有名俳優と大仰な演出のおかげで、情けないドラマが余計ショボく見えて、なかなか笑わされました。『ビッグ・リボウスキ』『ファーゴ』のような情緒はありませんが、こういうのも悪くないかな、と。
 映画の作りについては文句なし。ここまでそつなく作ってくれる監督はなかなかいないでしょう。俳優もベテランだらけで安心して楽しめます。特に今回念願のコーエン作品初出演を遂げたブラッド・ピットの筋肉バカっぷりは見どころです。

 映画館で観たときはちょっと物足りなかったんですが、家でもう一度見たら大笑いできました。気楽なコメディとして楽しむのであれば最適な映画です。『オー・ブラザー!』『ディボース・ショウ』と並べて、クルーニー&コーエン三部作として楽しんでも良いかもしれません。

監督:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
出演:ジョージ・クルーニー、ジョン・マルコヴィッチ、フランシス・マクドーマンド、ブラッド・ピット、ティルダ・スウィントン、リチャード・ジェンキンス、エリザベス・マーヴェル、J・K・シモンズ
20110409 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

シャーロック・ホームズ

 コナン・ドイル作の世界一有名な探偵小説を、心機一転アクション大作として映画化。ホームズとガイ・リッチー監督という意外な組み合わせが、不思議なほどよくハマっています。

 今回のホームズは喧嘩っ早くて不精者で、これまでのイメージと違いとても英国紳士には見えません。しかしこのイメージは原作にも少なからずあるものなので、原作ファンとしては違和感はありませんでした。同じく武闘派でハンサムになったワトソン君との相性もバッチリで、21世紀らしいアレンジと言えるのでは。そもそも原作だってゴリ押し推理だらけの大衆向け娯楽小説なので、このぐらいの軽さが丁度良いというものです。随所に印象的なアクションをはさんだり、後半のこれでもかと盛り上げる展開も大作らしく、最後までしっかり楽しめます。
 監督らしいカメラワークも健在。特に冒頭のロンドン望遠からの一連のシークエンスなど、リッチー監督ならではの演出が映画に良い遊びを加えています。ハンス・ジマーによる音楽も印象的。惜しいのは、ホームズらしい“頭脳派”アクションが前半しか楽しめないこと。あのアイデアは素晴らしいので、後半でも活用して欲しかった。また俳優の演技も、準備期間が少なかったのかどこかぎこちないのが残念です。

 いくつか心残りはありますが、全体としてはとても素晴らしいアクション映画でした。既に次回作も動き始めているようですが、今回の勢いのままさらにパワーアップした映画になることは間違いないでしょう。今から公開が楽しみです。

監督:ガイ・リッチー
原案:ライオネル・ウィグラム、マイケル・ロバート・ジョンソン
出演:ロバート・ダウニー・Jr.、ジュード・ロウ、レイチェル・マクアダムス、マーク・ストロング、ケリー・ライリー、エディ・マーサン
20110407 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -