★★★★で満点、ネタバレは原則ありません。
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アモーレス・ペロス

 メキシコ発のオムニバス風バイオレンス・ドラマ。三つの異なるドラマが一つの事故で交錯する構成は秀逸ですが、淡々とした演出は返って逆効果だったかも。

 ハンディカメラによる撮影で観客に傍観者であることを意識させたり、登場人物を全て脇役として扱うなど、その達観した演出からは新人監督らしからぬ哲学性が感じられます。ただ、その”距離”を感じさせる演出のために、最後まで物語に感情移入出ません。激しいドラマに反して、TVニュースを見ているような淡々とした印象を受けました。これを良いという人もいるかもしれませんが、僕の好みとは違うな、と。
 三つのドラマの中では、最後のエル・チーボの話がやはり良いですね。終わらせ方も気が利いています。俳優では、これが長編デビューとなるガエル・ガルシア・ベルナルの魅力が凄い。人気が出るワケです。

監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
出演:ガエル・ガルシア・ベルナル、エミリオ・エチェバリア、ゴヤ・トレド、アルバロ・ゲレロ、バネッサ・バウチェ
20060131 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

ロード・オブ・ウォー

 「ガタカ」のアンドリュー・ニコル監督が戦争映画を撮ったらどうなるか、という期待に見事に答えた作品。強烈な衝撃こそ無いものの、その嫌みのなさにかえって考えさせられる内容でした。

 月並みな表現ですが、ボディーブローのようにジワジワと効いてくるテーマが見事。武器商人を扱った映画自体、おそらくこの作品が初めてなんでしょうが、そのショッキングな題材をあくまでウィットで包んで否定も肯定もせずに提示しているバランス感覚が凄い。押しつけがましい主張はせずに、普通の人なら誰もが抱くような感情に自然に訴えかけているので、非常に説得力があります。あまりにシンプルな物語で、結論も新鮮さはなく物足りないぐらいですが、それを物足りないと感じてしまうことが恥ずかしいと思えるほどでした。
 ニコラス・ケイジの演技は流石。ジャレッド・レトがその弟というのはビジュアル的に無理がありそうでしたが、イノセントな感じが良く出ていて好感が持てました。イーサン・ホークやイアン・ホルムといった演技派の活躍も必見。ちなみに、某大佐の声はドナルド・サザーランドだそうです。

 ケイジの最後の台詞は、静かな主張ながら印象的。過去の悲劇を利用して感傷に訴えかけようという態度がミエミエの戦争映画が多い中で、これは現在進行形の問題をとらえつつ前向きなメッセージを提示している希有な作品でした。多くの人に観て欲しい映画ですが、地味なせいか全く売れないまま上映終了してしまったのが残念な限りです。

監督:アンドリュー・ニコル
出演:ニコラス・ケイジ、ジャレッド・レト、イーサン・ホーク、イアン・ホルム、ブリジット・モイナハン
20060119 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

コンタクト

 90年代のハリウッドSF映画の中では出色といえる、ロバート・ゼメキス監督のSF映画。原作は、NASA出身のカール・セーガンによるベストセラー小説。真摯なドラマが感動的で、現代SF映画のお手本のような作品です。

 自由自在に動き回るカメラや、情緒溢れるSFX描写もなかなかの見所ですが、むしろ”宇宙人”からのコンタクトに対する”地球人”の反応がリアルで怖いほどでした。ジョディ・フォスター演じる主人公の天文学者と、彼女の功績を横取りしようとする人々、政府機関の対応など、現実的な展開があるから終盤の展開にも重みが出てくるのだと思います。数々の名台詞や宇宙人からのメッセージの”らしさ”もSFとしての説得力を高めていました。
 役者としては、準主役を演じたマシュー・マコノヒーが性別を越えた魅力を発揮していたことと、主人公の父親役のデヴィッド・モースがこれまた包容力のある父親役をうまく演じていたのが良かった。特にマコノヒーは他の映画での役どころが陳腐なだけに、その変わりように驚かされました。フォスターと並んだときの絵面も良いですし。

 科学的なアプローチもさることながら、人間の描写にも長けた良質のSFでした。この明日にでも現実に起こりそうな設定を、軽くなりすぎない程度にドラマティックに演出したゼメキス監督の実力のほどが窺い知れます。原作者のカール・セーガン氏は完成を待つことなく亡くなってしまいましたが、代わりにこの作品が、新たなSFファンを多く生み出すことでしょう。

監督:ロバート・ゼメキス
監督:カール・セーガン
出演:ジョディ・フォスター、マシュー・マコノヒー、デヴィッド・モース、ジョン・ハート、ジェームズ・ウッズ
20051228 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

イディオッツ

 ラース・フォン・トリアー監督による「黄金の心」三部作のうちの一つ。強烈な映画体験が出来るという意味では、非常にトリアー監督らしい実験作でした。

 トリアー監督の作品には「視点を変える」という共通するテーゼを感じるのですが、この映画では特にそれを意識させられました。障害者のふりをすることで、現実の不条理を見いだしつつ、見いだしてしまったがために現実に戻れない人々の”馬鹿騒ぎ”には、泣きたくなるほどの無力感があります。 ドグマ95にほぼ準じる形式で制作されたため、そのテーマが更に現実味を帯びて、現実に起こっている事件のような切実さが伝わってきました。
 ただ、やはり完成度が低いのが問題の一つ。ドラマに焦点を絞ったのだから映像の完成度は二の次と言えばそれまでですが、あくまで”次の傑作”へ向けた”実験”の役割の方が強い映画だと思いました。

監督:ラース・フォン・トリアー
出演:ボディル・ヨルゲンセン、イェンス・アルビヌス、アンヌ・ルイーセ・ハシング、トレルス・リュビュー
20051221 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

アリゾナ・ドリーム

 サラエボ出身のエミール・クストリッツァ監督による、奇妙な味わいのドラマ作品。演出などに独特の空気感がありますが、いまいち入り込めませんでした。
 監督の後の作品に見られる、白昼夢を見ているような映像感覚はこの映画でも健在です。普通のドラマの中に突如として挿入されるシュールレアリズム映画のような演出は、一度経験する価値はあります。そんな現実と非現実の境界が曖昧な世界で繰り広げられる、意外とシリアスな努力と挫折の物語に、この監督ならではの諦観のムードがありありと滲んでいました。しかし、それにしても脚本や編集のセンスが繊細すぎ。僕は夢を早々に諦めてしまった世代の人間なので、そこに感傷を覚えること自体が滑稽に思えてしまいます。

 ちなみに、制作国はフランスですが、劇中使われている言語は主に英語。ジョニー・デップとヴィンセント・ギャロが、どちらも得体の知れない可愛らしさを振りまいていて目を惹きます。この監督の作品を観たことがないか、もしくは他の作品にお気に入りがあるのなら、一度は観てみるのも良いかと。もちろん監督のファンなら必見でしょう。

監督:エミール・クストリッツァ
出演:ジョニー・デップ、ヴィンセント・ギャロ、ジェリー・ルイス、フェイ・ダナウェイ、リリ・テイラー
20051220 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

ショコラ

 感動的な語り口で評価が高いラッセ・ハルストレム監督による、ファンタジックな、それでいて重いテーマのドラマ。全体としては綺麗にまとめていますし、表現したいことも分かるんですが、うまく騙されたような気分。
 古い因習に支配された街が、僕にはそれほど不幸と思えなかったので、それを打ち壊す主人公の行動が自分勝手な”悪”に見えました。お伽噺なので教訓的なのは良いとしても、”ルール”に対案を立てて反論するのではなく、異質な文化の流入で”ルール”をうやむやにするというのは、今の文明が犯している罪そのものなのではないでしょうか。それを美談にしてしまっている時点で、自由という名の暴力を正当化しているようで馴染めませんでした。オチの付け方はファンタジーらしくて秀逸なので、世界観を受け入れられる人なら充分楽しめる映画だとは思います。

 ところで、ジョニー・デップは全然活躍しません。ファンとしては寂しいところですが、これ以上出てこられると違う話になってしまうので我慢です。ピーター・ストーメアも、役柄は良いんですが劇中での役割は微妙。全体に、スッキリしない映画でした。

監督:ラッセ・ハルストレム
出演: ジュリエット・ビノシュ、ヴィクトワール・ティヴィソル、ジョニー・デップ、ピーター・ストーメア
20051216 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

アタメ

 特殊な愛の形を描いた、ペドロ・アルモドバルらしいラブストーリー。アントニオ・バンデラスの一途な変態ぶりが楽しめる異色作です。
 ストーカーに監禁された女性が、いつしかそのストーカーに心を寄せてしまう……という筋書きはありがちですが、それを細やかな心理描写で綴るのではなく、突飛な登場人物とユーモラスな映像感覚でねじ伏せていて、不思議と説得力がありました。まだ20代後半のバンデラスも、暴力的に描かれているものの、どこか子供っぽくて愛嬌すら感じるほど。エンニオ・モリコーネによる音楽もムーディーなんですが、逆に上品すぎたかもしれません。

 もっと刺激的な内容を想像していましたが、比較的落ち着いて観られるもので安心しました。強烈なインセンスの香りのような、まったりとした高揚感があります。ただのエロスではなく、突き抜けたエロスという感じ。このアクの強さがアルモドバル監督作品の魅力なのでしょう。

監督:ペドロ・アルモドバル
出演:ヴィクトリア・アブリル、アントニオ・バンデラス、ロレス・レオン
20051214 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

アバウト・ア・ボーイ

 ニック・ホーンビィの小説を、ポール&クリス・ウェイツ兄弟監督が映画化したドラマ作品。現代のシングル男性を題材にした物語で、全体的に良くできているものの、何かパンチが足りないと感じました。
 主人公ウィルが現状に満足しているような描かれ方なのに、その生活を邪魔する人間に対してことさら神経質にならないところが納得できなかったかなと。完全に引きこもってたら、こういうテーマの映画にはならないので仕方ないんですが。母子家庭とか印税生活といった要素から想定される”暗さ”が意図的に排除されているため、みんな優等生のようで面白くありません。人々の関係性もどこか予定調和的ですし……。シングル男性と冴えない少年の交流という着眼点や、エピソードの選び方はセンスを感じただけに残念。

 ただ、もともと凝ったドラマを期待していたわけではなく、単にヒュー・グラントの演技を観たかっただけなので十分楽しめました。共演者であり本来の主役であるニコラス・ホルトも可愛いし、その点では大満足です。一般受けはしたようだし、お気楽クリスマス・ムービーとしては当たり障りのない出来かと。

監督:クリス・ワイツ、ポール・ワイツ
原作:ニック・ホーンビィ
出演:ニコラス・ホルト、ヒュー・グラント、トニー・コレット、レイチェル・ワイズ
20051208 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

いつか晴れた日に

 台湾出身のアン・リー監督が、イギリスを代表する作家ジェーン・オースティンの「分別と多感」を映画化したラブ・ストーリー。典型的なコスチューム劇ですが、その良さを満遍なく盛り込んだ秀逸な作品でした。

 定石ながらも楽しめる脚本は、原作を主演のエマ・トンプソンが脚色したものでアカデミー脚色賞に輝いています。イギリスならではの、機知に富み皮肉のきいた台詞まわしと特徴的な登場人物がかなりツボでした。そしてあまり出てこないのに、圧倒的ないい人ぶりを発揮しているヒュー・グラントはファンなら必見。はにかみ顔とどもり口調が全開で、好きな人にはたまりません。ケイト・ウィンスレットとアラン・リックマンのカップルも微笑ましくて見応えがあります。観る前はどうせ恋愛映画なんてと馬鹿にしていましたが、観始めたら二つのカップルの悲喜こもごもにいちいち感情移入してしまいました。
 原作も読もうとしたんですが、そちらは人々の描写が濃すぎて断念しました。逆に、原作を諦めた人でも楽しめる映画になっているということでしょう。原作のエッセンスは生きているので、深読みして家族のあり方とか人間の尊厳とかを考えることもできますが、単純に恋愛映画として突出した作品でした。

監督:アン・リー
原作:ジェーン・オースティン
出演:エマ・トンプソン、ケイト・ウィンスレット、ヒュー・グラント、アラン・リックマン
20051204 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

紅の豚

 宮崎駿監督が、自身の飛行機マンガを映画化したアニメーション作品。僕が初めて劇場で観た「ジブリ映画」で、当時は面白さがさっぱり分かりませんでしたが、大人になってから見直してみると評価が一変しました。これは大傑作です。
 「カッコイイとは、こういうことさ。」のコピー通り、出てくるオヤジ達がとにかく渋くて情けなくてカッコイイ。そもそも第一次大戦後、1920年代の不安定な情勢下のイタリア・アドリア海という設定自体が絶妙ですし、幾度となく繰り広げられる空中戦も、手描きアニメならではの臨場感に満ちています。物語中に何度も言及される「飛行艇乗りの誇り」もいちいちもっとも。そういう世界に憧れる人に、そして誰よりも監督自身に向けられた映画なのでしょう。

 森山周一郎の声だけでも観る価値は十分にありますが、加藤登紀子のせいでトドメを刺されてしまいました。人々も風景も歌も、全てが格好良くて単純に楽しめる、大人向けのメルヘンです。ジブリ映画なんてとっくに卒業した、と思っている人にこそ観て欲しい作品。

監督:宮崎駿
出演:森山周一郎、加藤登紀子、岡村明美、大塚明夫、上條恒彦、桂三枝
20051202 | レビュー(評価別) > ★★★★ | - | -