★★★★で満点、ネタバレは原則ありません。
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ブラッドシンプル ザ・スリラー

 ジョエル&イーサン・コーエン兄弟の監督デビュー作を、本人達が再編集したもの。初監督作品とは思えないほど練り込まれたシナリオに思わず唸らされる、サスペンス映画の傑作です。

 コーエン兄弟の作品といえば”勘違いで運命が狂っていく人々の滑稽なほどの悲劇”を常にテーマにしていますが、第一作目にあたるこの作品の時点で、その特徴は遺憾なく発揮されているのに驚かされました。シナリオ自体はシンプルなハードボイルド・ミステリなのに、”すれ違い”によって次々と事態が悪化する様はかつてないほど絶妙。画面の端々まで張り巡らされたドラマが、ラストに近づくにつれて収束していく様には思わず息を呑みました。何となく観るとただの三文小説のような物語なんですが、それをここまで面白く出来るのは、この兄弟監督にしか出来ない芸当でしょう。
 オリジナル版は未見ですが、冒頭の解説以外はそれほど変わっていない様子。しかしその解説が妙な味を出しています。この本気だか冗談だか分からないあたりも、コーエン作品らしくて興味をそそられました。

 M・エメット・ウォルシュが、探偵役を不気味に演じていて印象的。撮影監督バリー・ソネンフェルドによる映像も秀逸で、”何かが潜んでいそうな闇”を巧みに描き出していました。ハードボイルド小説に少しでも魅力を感じるなら、ぜひ一度観て欲しい映画です。

監督:ジョエル・コーエン
出演:フランシス・マクドーマンド、ジョン・ゲッツ、ダン・ヘダヤ、M・エメット・ウォルシュ
20060120 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

ダークシティ

 「クロウ/飛翔伝説」のアレックス・プロヤス監督によるSFスリラー。記憶喪失モノと管理社会モノのミックスという、いかにもB級映画なプロットですが、アレンジと世界観が不思議と魅力的でした。

 物語的にもビジュアル的にも、監督がやりたかったんだろうなーという要素がふんだんに盛り込まれていて、見応えは十分。デヴィッド・S・ゴイヤー脚本のコミック的な発想が不思議な世界観とマッチして、独特の魅力を放っていました。
 ただオーストラリア映画界出身の監督らしい大味な出来で(といっても監督はエジプト出身のギリシャ系ですが)、盛り込みすぎで全体感を失っていたり、セットの造りがひたすら薄っぺらかったり、なにより最後のサイキック合戦はどうなのよと色々ツッコみどころ満載。当たって砕けろ的なチャレンジ精神は評価できるものの、もうちょっと完成度が高ければと残念でした。役者では、心理学者役のキーファー・サザーランドの熱演は必見。ちょっと見ただけでは分からないほど、特殊な役になりきっていました。

 ともあれ、90年代のSF映画としては異色の一本。特に「ロスト・チルドレン」あたりの影響が如実ですが(台詞にも出てきますし)、そうと割り切って観るとなかなか楽しめます。SF的なトリックや説得力より、映像や雰囲気を楽しみたい方は、一度は観てみるのも良いのでは。

監督:アレックス・プロヤス
出演:ルーファス・シーウェル、キーファー・サザーランド、ジェニファー・コネリー、ウィリアム・ハート
20060109 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

イノセンス

 押井守による「攻殻機動隊」の劇場版第2弾。重厚な映像と哲学的な対話は相変わらずながら、前作とは全く異なる雰囲気の、不思議な映画でした。

 今回は脚本が伊藤和典から押井監督本人に替わったせいか、厭世的で難解なロジックを多用したシナリオが印象的でした。ただ、台詞の殆どは何らかの書物の引用で、それほど深い意味はありません。ドラマの基本は主人公バトーのハードボイルド的な苦悩であり、台詞はそれに対する”格好いい言い訳”に過ぎないと感じました。
 3DCGを多用した映像は豪華ながら、過去の押井映画の雰囲気も充分に残しています。最初は、その映像や言葉の意味するものを探そうとしたんですが、おそらくその行為はナンセンスでしょう。贅をこらした映像や、複雑な台詞を無数に重ねることで、情報社会が持つ空虚さを浮き彫りにすることこそ、この映画のもう一つの目的なのかもしれません。

 色々考察してみましたが、置き去りにされた”男”が”女”の幻影を探し求める、というセンチメンタリズムの極致のようなお話がこの映画の基本ではないかと。ちょっとおふざけが過ぎますが、監督の表現力が成熟してきた証でしょう。といってもハードSFですし、前作を知らない人にはなおさら理解しにくい設定なので、見る際には注意が必要です。

監督:押井守
原作:士郎正宗
声の出演:大塚明夫、田中敦子、山寺宏一、大木民夫、竹中直人
20060105 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊

 押井守監督が士郎正宗の同名コミックを映画化し、世界中で話題となったSFアニメ作品。監督の世界観が存分に発揮された結果、哲学的で軍事要素の強い原作の雰囲気と同じベクトルながら、よりスリム化された毛色の違う作品に仕上がっています。

 原作の重厚な世界観をあえて大幅に手直しし、押井流にクリンナップされた映像やシナリオには原作ファンの間では賛否両論ありそうです。シナリオは原作のダイジェストに過ぎない内容で、台詞は殆ど原作ママですし。ただ、原作第1巻のラストにあたる部分に重点を置いたドラマ構成は、映像で観る価値はあると思わせる深みと説得力がありました。
 作り込みが激しい一方で、SFや兵器が苦手な人が混乱しそうなほど専門用語を連発したりと、明らかに観客を限定している作り。それでも初めてデジタルを本格的に取り入れた映像表現や、設定の緻密さ、そのストーリー上での昇華方法は見事。ハードSFが好きな人は必見です。

 ちなみに、この映画以降「ジャパニメーション」という言葉が日本国内で流行りましたが、あれは日本製アニメを蔑視して呼んだもので、あくまで誤用なので止めてほしいなあ、と。この作品のせいではないんですが。

監督:押井守
原作:士郎正宗
声の出演:田中敦子、大塚明夫、山寺宏一、大木民夫、千葉繁、家弓家正
20060105 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

機動警察パトレイバー2 The Movie

 カルト的な人気を誇るロボットアニメの劇場版第2弾。前作よりもアクションやギャグを極力削り、研ぎ澄まされた画面から描写される”消極的な平和”という現代日本に対する提言がショックでした。アニメ云々より、戦争映画として稀に見る傑作です。

 正直、観た当初はこの”消極的な平和”というテーマに実感が持てなかったんですが、公開2年後に映画を模倣したかのようなテロ事件が東京で起きたため、一気にそれがリアルなものとして感じられるようになりました。冒頭のベイブリッジ爆破は、9.11をも想起させます。この映画で描かれる”戦争状態”が、あえて殆どレイバー(ロボットの呼称)を用いずに作り上げられるのは、それが現実にすぐ起こりうるということを示唆したかったためでしょう。9.11の10年も前に、それを映画として世に出した制作陣の着眼点は、ただただ凄いとしか評しようがありません。
 前作とは打って変わって、昔の日本映画のような落ち着いたカメラワークと風景描写が印象的。登場人物も、今回はオヤジばかりが活躍するので渋すぎるぐらいですが、それだけに非常に重みのあるドラマになっています。その中で、ときに破壊的なギャグが炸裂するのもファンにとっては嬉しいところ。

 前作も今作も、直後の世相を見事に予言したかのようなシナリオで、その現実における再現率は怖くなるほど。アニメは子供向けだと軽視している人に、是非観て欲しい作品です。

監督:押井守
原作:ヘッドギア
出演:冨永みーな、古川登志夫、大森隆之介、池水通洋、二又一成、郷里大輔、榊原良子、千葉繁、阪脩、竹中直人、根津甚八
20060105 | レビュー(評価別) > ★★★★ | - | -

機動警察パトレイバー THE MOVIE

 まだOSという言葉すらマイナーだった時代に制作された、ハイテク犯罪映画の傑作。もともとは”サンマの香りがするロボットアニメ”をテーマに、漫画家ゆうきまさみや押井守、伊藤和典などによって企画・制作されたビデオアニメの映画化作品だったんですが、これが嬉しい誤算でした。

 今や世界的な名声を得たアニメ監督押井守と、後に日本アカデミー脚本賞を受賞する伊藤和典による、Windows時代を予言したかのような設定と周到な犯罪劇は、とても80年代のシナリオとは思えないほどリアルで今観ても唸ってしまうほど。同時に、これだけの秀逸なネタをコメディ仕立てのロボットアニメで消費しなければいけない日本映画の現状がつくづく悔やまれます。
 シリーズものですが、原作となったアニメや漫画の主人公達は脇役同然に描かれているので、オリジナルを知らない人でも楽しめます。もちろん、東京下町の民家を怪獣映画のように踏みつぶして歩くレイバー(ロボットの呼称)などアクション面でもツボを心得た出来ですし、コメディ部分でも大笑いさせられる、ファンにとっても十二分に楽しめる映画でした。

 ロボットアニメと侮る無かれ、当時はSFに過ぎなかったものが、今では現実的な犯罪映画として実感を持って観ることのできる見事な作品です。映画の前に制作されたビデオシリーズやコミック、後のTVシリーズにもシュールでリアルな世界観は健在ですので、気に入った方はそちらもぜひ。

監督:押井守
原作:ヘッドギア
声の出演:冨永みーな、古川登志夫、大森隆之介、池水通洋、二又一成、郷里大輔、榊原良子、千葉繁、阪脩、井上瑶
20060105 | レビュー(評価別) > ★★★★ | - | -

マイノリティ・リポート

 フィリップ・K・ディックのSF小説を、スティーヴン・スピルバーグが監督した話題作。SFアクション系大作映画の定番をわきまえた出来で、名前に期待しなければそれなりに楽しめる映画だと思います。
 無理矢理アクションを入れるような構成が目立つものの、もともとそれがメインなので割り切って観られました。サスペンス面でもきちんと引きがありますし、軽くなりすぎない演出のおかげでラストも好感が持てます。ディティールの描写が少ないのでSF的なトリック部分は台無しなんですが、撮影監督ヤヌス・カミンスキーによる暗い未来世界は雰囲気タップリで、SFサスペンスの気分は充分盛り上がりました。とてもスピルバーグとは思えないようなトリッキーなカメラワークも何度かあって目を惹きます。出番は少ないですがピーター・ストーメアも良い! もしかしたら彼の怪演こそ最大の収穫かも知れません。

 正直なところ、お気楽アクション映画にしては重いし、かといってサスペンス的には普通の出来で、どのあたりの層に希求したいのかいまいち不明な映画でしたが、そこそこ楽しめたのでまあいいか、という感じです。スピルバーグは何処へ行きたいんだろう……。

監督:スティーヴン・スピルバーグ
原作:フィリップ・K・ディック
出演:トム・クルーズ、コリン・ファレル、サマンサ・モートン、マックス・フォン・シドー、ピーター・ストーメア
20060104 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

バンカー・パレス・ホテル

 ヨーロッパで最も高い評価を得ているコミック作家エンキ・ビラルの映画監督デビュー作。高い映像性と退廃的なムードが秀逸で、カルト映画と呼ばれるのも納得です。

 頭で考えて論理的に理解するというよりは、見たままを感じる映画だと思いました。映画全編を通して出てくる自由な発想のモチーフが面白い。白い雨、機関車、出口のないホテル、旧式のアンドロイド、姿を見せない大統領、といった全てが、見たことがあるようなのに新鮮な印象で驚かされました。
 物語は一見荒唐無稽に見えて、実は根底に流れるテーマは一貫しています。戦争に対する半ば諦めにも似た感情と、未来への希望が同居する不思議な物語は、まさにエンキ・ビラルらしい物語といえるでしょう。このSFは政治批判と取ることも出来るでしょうが、それよりももっと根元的なものへの問いかけであるようにも思えました。

 ジャン=ルイ・トランティニャンが不気味な印象を残す政府高官を好演。ビラルの世界をそのまま映像化したような、青錆のような色味の映像は必見です。

監督:エンキ・ビラル
出演:ジャン=ルイ・トランティニャン、キャロル・ブーケ、ハンス・メイヤー、マリア・シュナイダー、ヤン・コレット
20051231 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

ストーカー

 旧ソ連の巨匠、アンドレイ・タルコフスキーの代表作の一つ。突如出現した”ゾーン”と呼ばれる空間と、そこに忍び込む人々を描いたSFサスペンスの傑作です。

 プロット自体はシンプルですが、160分という時間をかけてじっくりと描き出されているために、物語はこれ以上ないほど厚みがあります。宗教的であったり観念的であったりする登場人物の思想も、最後には一つのテーマへと昇華していて、非常に手応えのある物語でした。モノクロとカラーの映像を場面によって切り替えたり、ゾーンの驚異を具体的な何かでなく自然現象の一つになぞらえて描くなど、表現技法にも独特の説得力があります。
 SFやファンタジーなど非現実を舞台にした物語は、その舞台設定に対する必然性がないと興ざめしがちです。この映画も、あらすじを聞いた時点では”ゾーン”という舞台設定からしてチープに思えましたが、観終わるころにはその哲学性に惚れ込んでしまいました。象徴主義や観念論などを駆使し、映像と台詞でテーマをこねくり回す様は圧巻です。

 極力エンタテイメント性を廃した作品なので注意。全力で映画の表現したいことを考えながら観ないと取り残されてしまいますが、それだけ哲学的SF映画の懐しみに満ちた名作でした。

監督:アンドレイ・タルコフスキー
原作:アルカージー・ストルガツキー、ボリス・ストルガツキー
出演:アレクサンドル・カイダノフスキー、アナトリー・ソロニーツィン、アリーサ・フレインドリフ
20051226 | レビュー(評価別) > ★★★★ | - | -

THX-1138

 ジョージ・ルーカス監督の長編デビュー作。学生時代に撮った短編映画を評価されて劇場用に作り直したもので、映画としての構成は単調で分かりにくいのですが、そのストイックな設定や物語はSF好きのツボを心得ています。

 第一に登場人物が男性も女性もスキンヘッドという、全く映画向きじゃないビジュアルを貫いているのに驚きました。そのだけで近未来的管理社会の性質がストレートに観客に伝わってきます。ルーカス監督なので掘り下げの足りなさには泣きが入りますが、それでも印象的なカットや台詞が散見されました。何よりラストのカットは、SF映画史上に残る名シーンなのではないでしょうか。
 近年大量生産されている、SFという名を冠しただけのアクション映画に比べれば、充分SFとして観賞に堪える作品。「メトロポリス」や「アルファヴィル」のような過去の名作SFに着想を得ながら、独自のイメージを構築出来ている点だけでも凄い。それに”管理社会SF”を多数目にしてきた人にとっては、そのいいとこ取り的なこの映画は一見の価値アリなのです。

 因みに、最近発売されたDVD版では多数の追加、修正が行われているようです。うーん、それも観てみたいかも。

監督:ジョージ・ルーカス
出演:ロバート・デュヴァル、マギー・マコーミー、ドナルド・プレザンス、イアン・ウルフ
20051225 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -