★★★★で満点、ネタバレは原則ありません。
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天国の日々

 テレンス・マリック監督による、今世紀初頭のアメリカ農村地帯が舞台のドラマ。映画全体としては時代を感じさせるものですが、撮影がひたすら見事。
 演出も俳優もそれほどではなく、アメリカの原風景を活写するだけのこの映画が高い評価を得られたのは、やはり撮影監督ネストール・アルメンドロスに依るところが大きいでしょう。殆どのシーンを、わざわざ早朝と夕方の赤く焼けた光線だけを選んで撮影したという、前代未聞の映像に対するこだわりが映画全体の完成度を底上げしていて、何でもないシーンですら印象派の絵画のような美しさでした。ましてや四季折々の農場が見せる表情は、どんな脚本よりも感動的で説得力があります。「20世紀最高の映像」と評されるのも納得。

 リチャード・ギアのステレオタイプなダメ男っぷりが気に入らなかったので、夕陽とサム・シェパードばかり見ていました。すぐカッとなって相手に掴みかかっていくことが格好いいことだとでも思っているんだろうか…。ただ映像のためだけにでも、観る価値のある作品です。

監督:テレンス・マリック
出演:リチャード・ギア、リンダ・マンズ、サム・シェパード、ブルック・アダムス
20060414 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

月のひつじ

 小さな田舎町の大きなパラボラアンテナに関する実話を元にした、ロブ・シッチ監督によるオーストラリア映画。じっくり観せるタイプの、そつのない良作でした。

 独特の空気を持ったオーストラリア映画の中では、これは比較的控えめな作品。全体にありがちなプロットですが、人物を絞るなど脚色の仕方がなかなか秀逸で、地味ながら最後まで飽きさせません。大使が来ちゃってるのに次々起こる騒動などにはハラハラさせられるものの、宇宙開発とローカル精神という組み合わせがほのぼのしていて、そこはかとなく笑えます。これもオーストラリアならではの雰囲気なのでしょう。文部省推薦という言葉が良い意味で似合いそうな“いい話”でした。
 警備員役のテイラー・ケインが格好良かったなー。サム・ニールのオジサンぶりも安定感がありますね。良い映画。

監督:ロブ・シッチ
出演:サム・ニール、ケヴィン・ハリントン、トム・ロング、パトリック・ウォーバートン、テイラー・ケイン
20060413 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

デカローグ

 ポーランドの巨匠クシシュトフ・キェシロフスキによる、「愛」に関する十編のドラマ。静かな演出ながら感情を強く揺さぶられる、文句なしの傑作です。

 それぞれ一時間という短さながら、現代の十戒とも言うべき荘厳で奥深い物語の数々に、観ていて何度も泣けてしまいました。シナリオはどれも単純で、演出も単調すぎるぐらいなのにここまで感動できてしまうのは、とにかく監督の視点の正直さにあると思います。なんでもないドラマだって、実際に自分の身に降りかかってみれば一大事なわけで、それを俳優の微妙な表情と、長尺でたゆたうようなカメラワークだけで表現してしまうセンスには、ただただ感服の一言しかありません。
 どれも最高の作品なんですが、その中でも「第1話:ある運命に関する物語」「第5話:ある殺人に関する物語」は特にお気に入り。各話の登場人物が他の物語にちょっとずつ顔を出したり、ほぼ全ての物語に顔を出す謎の男(おそらくは“神の存在”の暗喩)など、細かい部分の作り込みも秀逸。ちなみに、第5話と第6話はそれぞれ再編集され「殺人に関する短いフィルム」「愛に関する短いフィルム」として劇場公開されています。

 「これさえ観なければ、他の映画がもっと楽しめたのに」という映画は誰しも何本かはあると思いますが、僕にとってはまさにその筆頭ともいうべき映画。どんなエキセントリックな物語よりも心に突き刺さる”平凡なドラマ”です。必見。

監督:クシシュトフ・キェシロフスキ
出演:アレクサンデル・バルディーニ、クリスティナ・ヤンダ、ダニエル・オルブリフスキ、アドリアンナ・ビェジェインスカ
20060411 | レビュー(評価別) > ★★★★ | - | -

アニマル・ファクトリー

 エドワード・バンカーによる自伝的小説を、クセもの俳優スティーヴ・ブシェミが監督もこなして映画化。豪華な俳優陣が圧巻な、身に染みるドラマでした。
 シナリオは刑務所の日常を淡々と描くだけで、映像や音楽も非常に素っ気ないので普通なら忘れ去られる作品なんでしょうが、逆にその淡々とした雰囲気が俳優の魅力を真正面から描き出していて惹きつけられました。無理矢理盛り上げようとしないだけ、刑務所内の人々の意見がダイレクトに伝わってきます。刑務所の中で力強く生きる彼らの日常は、人間社会を見つめ直すきっかけにもなりました。更に、エドワード・ファーロングとウィレム・デフォーの友情物語も印象的。ある意味こちらだけでも、観る価値はあります。

 まあ友情物語は措くとして、全体にひたすら渋い映画でした。分かりやすい感動ものではなく、見終わって少し考え込むような内容です。出演者に興味がある人にはオススメ。

監督:スティーヴ・ブシェミ
原作:エドワード・バンカー
出演:エドワード・ファーロング、ウィレム・デフォー、ダニー・トレホ、シーモア・カッセル、スティーヴ・ブシェミ、ミッキー・ローク
20060317 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

ベルベット・ゴールドマイン

 70年代のイギリス・グラムロックシーンを題材にした実話風ドラマ。俳優や映像は良いんですが、当時の事情を知らない人間にはピンと来ない内容でした。
 明らかにデヴィッド・ボウイをモチーフにしたブライアン・スレイドというキャラクターを中心に、当時の噂話を詰め込んだような物語、のようです。70年代当時の世相と、そこに生きた若者たちをあくまで本人たちの視点で描きつつ、ひたすら耽美な世界としてスクリーンに映し出したのは当時を知る人には感動モノなんでしょうが、何しろ僕はグラムロックなんて知らないし、「トレインスポッティング」で初めてイギー・ポップを意識したという完璧な門外漢なので、映画はそこそこ楽しめたという程度でした。ドラマのキモがどこにあるのか分からないので、スタイリッシュな映像がただ空回りしているという印象です。ただしユアンのイギー・ポップぶりは必見、特にお尻。

 ミュージッククリップもどきやライブシーンは充実していました。回顧主義的な排他性は否めませんが、当時を再現したファッションは純粋に格好良いし、映画自体、その耽美な世界観に浸らせるのが目的なので、思い入れがある人には楽しめるのでは。

監督:トッド・ヘインズ
出演:ユアン・マクレガー、ジョナサン・リス=マイヤーズ、クリスチャン・ベール、トニ・コレット
20060304 | レビュー(評価別) > ★ | - | -

散歩する惑星

 カンヌ広告祭等で多くの賞を受賞しているロイ・アンダーソン監督による不条理芸術映画。ペルーの詩人セサル・バジェホの詩に影響されたという物語は、とにかく不条理で何が何だか、でした。
 壮大なるローテクで撮影された映像には独特の荒涼とした味わいがあり、頑張って生きている人々の姿は時に喜劇にすら見えてきます。そういう”普通の人々”に向けた”人生賛歌”のような映画、という点については理解出来るんですが、いかんせん僕のセンスには合いませんでした。きっちり決まった構図とか、漠々として虚無感だけが漂う風景とか、白塗りで計算された動きしかしない人々とか、表現的に惹かれる点は多いだけに残念。

 これを観て思ったのは、「最近人生を嘆かなくなったなあ」ということ。そのときの精神状態を映す鏡のような作品なのかもしれません。励まされたい人とか悩みたい人には打って付けの映画。

監督:ロイ・アンダーソン
出演:ラース・ノルド、シュテファン・ラーソン、ルチオ・ヴチーナ、ハッセ・ソーデルホルム、トルビョーン・ファルトロム
20060301 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

Shall We ダンス?

 周防正行監督による HOW TO もの映画第三弾にして、日本国内に社交ダンスブームを起こしたほどの大ヒット作品。相変わらずゆったりとしたテンポでそこはかとなく笑える映画のムードは最高なんですが、ちょっと豪華になりすぎてしまった感じでした。
 ”ズブの素人が慣れない環境で奮闘しつつ、地道な努力で着実に上達する”というスポ根の基本を丁寧に描写しつつ、その端々でほのぼのとした笑いを誘うところは相変わらず見事。ロマンチックな演出や深みを増したドラマのおかげで、前二作から一気に30分以上も延びた上映時間が気にならないほどでした。ただ、”感動”に比重が置かれてしまった物語は、ちょっと重くていまいち乗り切れません。いくら映画とはいえ、ラストダンスの展開もちょっと辛い。もしかしたら、それまで映画ひと筋だった周防監督が、草刈民代というダンサーに”浮気”した顛末を描いた作品なのかなあ、と邪推をしてしまいました。

 それでも純粋に笑えて感情移入できる立派なコメディなのは確か。何より役所広司の名演と、草刈民代の才能が見事に結実した、大人向けのラブコメに仕上がっているのは万人の認めるところでしょう。竹中直人、渡辺えり子、徳井優といった脇のキャラクターも秀逸。周防監督は、この作品以降沈黙を続けているんですが、ハリウッド版も無事に公開されたことだし、そろそろ新作の話題を聞きたいところです。

監督:周防正行
出演:役所広司、草刈民代、竹中直人、渡辺えり子、徳井優、田口浩正、草村礼子、宮坂ひろし、原日出子、柄本明、本木雅弘
20060227 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

アカルイミライ

 黒沢清監督・脚本による、真摯なテーマを孕んだドラマ作品。共感を持てる人には面白いんでしょうが、僕はこの映画のテーマには全く共感出来ませんでした。

 主人公・仁村の無目的ぶりが、まずダメ。自分を制御出来ない、しかもそれに不満を覚えつつ何もしない人間には興味がないので、彼がどんなに右往左往しても全く心に響きません。クラゲの存在も、無駄にファンタジーで軽薄に感じましたし、イギリス映画みたいな、彩度が低く粒子の粗い映像もイマイチでした。安直に解決させないのは評価しますが、それにしてもラストのシークエンスは不要。もしくは、そのシークエンスだけで映画のテーマは表現できていたと思います。
 現実と向き合えない現代の若者がテーマなのでしょうが、その弱さなどに共感出来ない、敷かれたレールを踏み外すのに慣れている人間には全く価値が分からない映画だと思います。こういう映画が出てきてしまう事自体、日本がまだ文化的に成熟していない証拠ではないか、と考えたり。早熟かつ未熟な、東京らしい映画とも言えます。

 浅野忠信演じる有田のキャラクターは良い。こういう人には「ついていきたい!」と思えます。北村道子の衣装も相変わらず良かった。でも、それ以外には見るものはなかったなあ、と。オダギリジョーが好きな人は、割と共感出来るかもしれませんが。

監督:黒沢清
出演:オダギリジョー、浅野忠信、藤竜也、りょう、はなわ
公式サイト
20060219 | レビュー(評価別) > ★ | - | -

双生児 -GEMINI-

 塚本晋也監督による、江戸川乱歩小説の映画化作品。この二人の相性は抜群ですね。乱歩世界の持つ独特の懊悩感が、映像に見事に現れていました。

 塚本監督の毒々しい映像センスが、乱歩のエログロな世界観を得て力強さを増しただけでなく、不思議とポップな印象すら残します。テーマに合わせて二面性にこだわったカットが多用され、観ている内に現実すら覚束なくなるような感じでした。眉無しメイクや北村道子による衣装など、ビジュアル面でのアプローチも見事。豪華なキャストも手伝って、塚本作品の中では非常に取っつきやすい内容に仕上がっています。
 出演陣では、やはり主演の本木雅弘の静と動を演じ分ける表情が際立っています。りょうのどこかバランスが崩れた美しさや、カメオ出演的に顔を出す豪華共演陣も、それぞれに良い味を出していました。

 全体を通して、テーマもビジュアルも完成度の高い、それでいて日本的な美意識に満ちた秀作でした。こういうエログロの世界こそ日本人の本質なんだから、その代名詞たる乱歩小説はいくらでも映像化して欲しいところです。
 ちなみに、DVDの特典映像を何故か三池崇史監督が撮影していました。塚本監督と三池監督って、仲良さそうですね。

監督:塚本晋也
原作:江戸川乱歩
出演:本木雅弘、りょう、筒井康隆、藤村志保、浅野忠信、竹中直人、麿赤児、石橋蓮司
20060208 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

スリング・ブレイド

 ビリー・ボブ・ソーントンが監督・脚本・主演の三役を務め、その名を一躍ハリウッドに知らしめた秀作。寓話的な物語なのに、不思議と説教臭さはありません。

 主人公カールは知的障害者という設定ですが、非常に軽度で普通に会話もでき、彼の発言がときに真実を言い当てているというのが良い。言ってしまえば典型的な”聖なる愚者”なんですが、殺人というファクターが、その古くさいテーマにリアリティを持たせ、単純なお涙頂戴モノで終わらせていません。
 俳優では、とにかくビリー・ボブ・ソーントンの存在感が圧倒的。少年役のルーカス・ブラックも達観した演技が似合っています。ソーントンの友人ばかりで固めたという脇役陣も、それぞれに良い演技で違和感ありませんでした。

 DVD特典でカールというキャラクターが生まれた理由が語られていますが、それがなかなか見応えがありました。あくまで創作のためではなく、自然にソーントン自身の中から発生した人格なので、物語にも説得力が生まれるのでしょう。泣ける映画ではありませんが、心に残る作品でした。

監督:ビリー・ボブ・ソーントン
出演:ビリー・ボブ・ソーントン、ルーカス・ブラック、ドワイト・ヨアカム、J・T・ウォルシュ、ジョン・リッター、ロバート・デュヴァル
20060201 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -