★★★★で満点、ネタバレは原則ありません。
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奇談

 日本漫画界に燦然と君臨するカルト作家諸星大二郎の伝説的名作「生命の木」を小松隆志監督が映画化。伝奇ホラーの醍醐味が詰まった原作のニュアンスは再現できていましたが、微かな物足りなさを感じました。

 ひたすら単調なテンポで進行する物語が、かえって原作のまったりとした雰囲気を上手く再現しています。”隠れキリシタン”に関するケレンもしっかり語っているので、伝奇モノとしても見所はありました。ただ、”神隠し”という映画オリジナルの要素を加えたうえに、それがきちんと説明出来ていなかったのが残念。原作の「天神さま」とかのエピソードを踏まえているのかなあ、と推測することも出来ますが、それでも矛盾点が残るし…。
 主演の阿部寛と藤澤恵麻は想像以上にハマっていましたし、ハナレの人々の壊れ具合も良かった。映像も、東北の寒村っぷりは予想以上に出ていて、ラストのCG処理なんかも十分だと思います。原作の独特の絵柄を何らかの形で映像として昇華して欲しかったのですが、さすがにそこまでの映像表現は無理だった様子。惜しいような気もするし、これで良いような気もするし、という感じで微妙でした。

 もともとエンタテイメントにはなりにくい題材なので、これ以上の作品にするにはかなりの作り込みが必要でしょう。むしろ巧くまとめたとも言えますが……。原作ファンと、あと伝記モノに興味がある方は是非。

監督:小松隆志
原作:諸星大二郎
出演:阿部寛、藤澤恵麻、ちすん、柳ユーレイ、神戸浩、一龍斎貞水
公式サイト
20051209 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

紅の豚

 宮崎駿監督が、自身の飛行機マンガを映画化したアニメーション作品。僕が初めて劇場で観た「ジブリ映画」で、当時は面白さがさっぱり分かりませんでしたが、大人になってから見直してみると評価が一変しました。これは大傑作です。
 「カッコイイとは、こういうことさ。」のコピー通り、出てくるオヤジ達がとにかく渋くて情けなくてカッコイイ。そもそも第一次大戦後、1920年代の不安定な情勢下のイタリア・アドリア海という設定自体が絶妙ですし、幾度となく繰り広げられる空中戦も、手描きアニメならではの臨場感に満ちています。物語中に何度も言及される「飛行艇乗りの誇り」もいちいちもっとも。そういう世界に憧れる人に、そして誰よりも監督自身に向けられた映画なのでしょう。

 森山周一郎の声だけでも観る価値は十分にありますが、加藤登紀子のせいでトドメを刺されてしまいました。人々も風景も歌も、全てが格好良くて単純に楽しめる、大人向けのメルヘンです。ジブリ映画なんてとっくに卒業した、と思っている人にこそ観て欲しい作品。

監督:宮崎駿
出演:森山周一郎、加藤登紀子、岡村明美、大塚明夫、上條恒彦、桂三枝
20051202 | レビュー(評価別) > ★★★★ | - | -

奇跡の海

 デンマークの奇才、ラース・フォン・トリアー監督による異色のラブ・ストーリー。物語全体に漂う宗教観や映像美はこれまでのトリアー監督の作品同様ですが、今回はテーマ性を前面に押し出した、より感情を揺さぶられる作品に仕上がっていました。

 普通の映画のようにカットごとに撮影するのではなく、まず舞台を整え、役者にそのシーンを通して演技させ、それをドキュメンタリーのようにハンディカムで撮影しています(撮影はロビー・ミューラー)。必然的に長回しのシーンが多くなりますが、それだけ生々しくなった映像は監督の意図を恐ろしいほどに反映していました。静謐という言葉が似合うような、息の詰まるようなシーンの連続は観客にとっても辛い体験で、それが主人公ベスの境遇と相まって、痛々しさがイヤというほど伝わってきます。エンタテイメントとはかけ離れているんですが、映画という表現方法にはこういう可能性もあるのだと衝撃を受けました。
 俳優では、主役を演じたエミリー・ワトソンの魅力がすさまじかった。彼女の、聡明さの中に危うさを備えた演技こそ、この映画が成立できた最大の要因だと思います。作品全体を章立てで構成し、その区切りごとに風景画のような景色とロック音楽が挿入されるなどの演出も、独創的で好感が持てました。

 最後の演出については判断の分かれるところですが、僕はこういうセンスは好きです。泣ける映画というより辛い映画ですが、そこに嫌らしさを感じさせないあたり、監督の映画表現が成熟してきたと実感できる作品でした。

監督:ラース・フォン・トリアー
出演:エミリー・ワトソン、ステラン・スカルスガルド、ジャン=マルク・バール、ウド・キアー
20051130 | レビュー(評価別) > ★★★★ | - | -

カリフォルニア

 ブラッド・ピットの演技が光る無軌道ロード・ムービー。映像のセンスやショッキングな内容など面白い要素は詰まっていますが、どこか物足りないと感じました。
 犯罪映画というジャンルがイマイチ理解できていないだけかもしれませんが、二組のカップルに全く感情移入できませんでした。ブラッド・ピットとジュリエット・ルイスのカップルは暴力的で巧いのですが、共感とはほど遠い存在なので見て楽しむだけ。主役であるはずのもう片方のカップルは地味すぎて不満。まんまモルダーだし。ラストも結局それで終わりなの? と聞き返したくなる内容で、もうちょっとカリスマ的な要素があれば良くなりそうな内容なだけに、惜しいところでした。

 監督は、デヴィッド・フィンチャーなどとプロパガンダ・フィルムスで名を馳せたドミニク・セナ。MTV出身なだけに映像は綺麗でした。因みに、ビデオタイトルは「カリフォルニア/狂気の銃弾」。うわあ。

監督:ドミニク・セナ
出演:ブラッド・ピット、ジュリエット・ルイス、デヴィッド・ドゥカヴニー、ミシェル・フォーブス
20051020 | レビュー(評価別) > ★ | - | -

激流

 カーティス・ハンソン監督によるアクション映画の秀作。これはケヴィン・ベーコンのための映画。とにかく彼の名演の光る一編に仕上がっていて、メリル・ストリープですらいつもの存在感が霞んでいます。

 もちろん基本はアクション映画で、激流をボートで下る映像の迫力や、クリフ・ハンガーばりのアクションシーンも見事なんですが、その間を巧みにつなげた登場人物たちのドラマもなかなかのものでした。誰が主役になってもおかしくないほど俳優の演技も見事。地味な人が揃っているとも言えるんですが、それが妙にリアルで、かえって引き込まれてしまいました。悪い点を挙げるならば、ラストのアクションが一番地味でさすがに不完全燃焼だったのと、邦題のセンスのなさぐらいなのでは。

 パンチ力不足の感は否めませんが、サスペンスが得意な監督がアクション映画を撮ると、ドラマも気にしてくれるので良いですね。こういう地味でも良い作品が増えてほしいところですが、現状のハリウッドでは難しいでしょうか……。

監督:カーティス・ハンソン
出演:メリル・ストリープ、ケヴィン・ベーコン、デヴィッド・ストラザーン
20051006 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

記憶の扉

 イタリアの人気監督ジュゼッペ・トルナトーレによる、珍しく暗いムードのサスペンス・ドラマ。ポランスキーとドパルデューという配役の妙を楽しめます。
 暗い警察署の中でドパルデュー扮する謎の男が延々と尋問を受け続けるんですが、そのシチュエーション自体が事件の本質を上手く隠しています。最初はドパルデューとポランスキーの演技合戦にただ見とれていただけなのに、終わってみたら非常にトルナトーレ的な作品だったことに感動。小道具の使い方や、細かい台詞で伏線を張るいつもの方法論が、特にこの作品では効果的だったように思います。

 決して派手じゃないし、芸術的でもないんですが、大衆向けの「分かりやすい面白さ」がこの監督の魅力でしょう。ジャンルや先入観は頭から追いやってから観るのが正解です。

監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
出演:ジェラール・ドパルデュー、ロマン・ポランスキー
20050927 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

CUBE

 カナダの新鋭、ヴィンチェンゾ・ナタリ監督によるSF話題作。センスも良いし、映像感覚も良いし、何より低予算であることを逆手に取ったこの設定には驚きました。ただ、後半の展開には不満です。

 役者の演技が全体的にくさいのと、状況説明に終始するだけの台詞が辛いのでは。台詞中心で追いつめていくような心理戦は、余程自然に見せない限りぼくは嫌悪感を抱いてしまうのです。設定が飲み込めてしまうと予想できてしまう割に、細部にこだわって理屈っぽい謎解きもダメでした。そして何より嫌なのは終わり方。ああいうのは物語として大嫌いです。不条理は好きだけど、人間の辛いところを意地悪にナイフでえぐるような展開は嫌だなあ。
 聞いた感じ好きなタイプだったので、いつも厳しい評価がさらに厳しくなってしまいました。奇抜なアイデアを得意とする監督のようなので、他の作品をチェックしてみたいところではあります。

監督:ヴィンチェンゾ・ナタリ
出演:モーリス・ディーン・ウィン、デヴィッド・ヒューレット、ニコール・デボア
20050927 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

コーヒー&シガレッツ

 「コーヒーと煙草」をテーマにジム・ジャームッシュが撮った短編集。もともとサタデー・ナイト・ライブの企画から派生したもののようですが、とにかくコーヒーと煙草をテーマに、登場人物たちのセンスの良い会話を楽しむ「だけ」というのが新鮮でした。それ以上の展開は無いので、知らないで観た人はかなり驚くんじゃないでしょうか。

 それでも100分近い上映時間が短く感じられるのは、出演陣のセンスの良さあってのことでしょう。特にイギー・ポップとトム・ウェイツのシークエンスは最高でした。会話を楽しむならカメラなんて止めたままで、音楽も邪魔にならない程度が丁度良いんだ、というジム・ジャームッシュの声が聞こえるようです。

監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:ロベルト・ベニーニ、スティーヴ・ブシェミ、イギー・ポップ、トム・ウェイツ、スティーヴ・クーガン、アルフレッド・モリーナ、ビル・マーレイ
公式サイト
20050913 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

皇帝ペンギン

 南極大陸に棲息する皇帝ペンギンの、子育てのシーズンを追ったドキュメンタリー。内容自体はBBCなどが放送するような、ありきたりなモノなんですが、とにかくペンギンたちが微笑ましく、ついつい見とれてしまいました。特に生まれたばかりの雛が犯罪級に可愛いので……。

 残酷なシーンより、ロマンチックな求愛行動や雛の成長に時間を割き、ドラマのようにモノローグを当てる手法はフランス人らしいのですが、正直クドいと感じるところも。映像も特筆するようなものはなく、ドキュメンタリーとしては普通の出来でした。
 それでもペンギンが観たい! という人なら、観て損はないと思います。

監督:リュック・ジャケ
公式サイト
20050912 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -