★★★★で満点、ネタバレは原則ありません。
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ダンサー・イン・ザ・ダーク

 ラース・フォン・トリアー監督による「黄金の心」三部作のうちの一つ。観客に襲いかかるような容赦のない演出は健在ですが、同監督の作品の中では珍しく華のある内容でした。ただし、後味の悪さだけは健在。

 今回はミュージカルの要素が加わり、有名俳優の出演も手伝って映像にメリハリが生まれ、映画の世界に入り込みやすい仕上りでした。ただし物語は陰惨で凄絶。想像を上回る不幸ぶりですが、トリアー監督ならではのハンディカムによる映像が、その不幸にリアリティを与えてしまったため、観客にとっては映画を観ること自体が試練に近い行為になります。「思考」するというより「体験」する映画で、おそらく全ての観客が、セルマという敬虔な女性の物語を実体験と変わらないほどの強さで記憶させられたと思います。
 ミュージカルシーンへの流れや撮影方法が独特で、物語の中に自然に溶け込んでいるのが良い。ひたすら歌の世界に救いを見いだそうとするセルマの切実さがひしひしと伝わってきます。俳優の役へのなりきりぶりも相変わらずで、よく知った俳優もまるで初めて見るような表情を見せてくれるのが新鮮でした。

 見終わったときは二度と観たくないと思いましたが、それでも一度は観て欲しい映画です。そして、気に入ったならぜひ、トリアー監督の他の作品もチェックしてみてください。

監督:ラース・フォン・トリアー
出演:ビョーク、カトリーヌ・ドヌーヴ、デヴィッド・モース、ピーター・ストーメア、ジャン=マルク・バール、ウド・キアー、ステラン・スカルスガルド
20051201 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

奇跡の海

 デンマークの奇才、ラース・フォン・トリアー監督による異色のラブ・ストーリー。物語全体に漂う宗教観や映像美はこれまでのトリアー監督の作品同様ですが、今回はテーマ性を前面に押し出した、より感情を揺さぶられる作品に仕上がっていました。

 普通の映画のようにカットごとに撮影するのではなく、まず舞台を整え、役者にそのシーンを通して演技させ、それをドキュメンタリーのようにハンディカムで撮影しています(撮影はロビー・ミューラー)。必然的に長回しのシーンが多くなりますが、それだけ生々しくなった映像は監督の意図を恐ろしいほどに反映していました。静謐という言葉が似合うような、息の詰まるようなシーンの連続は観客にとっても辛い体験で、それが主人公ベスの境遇と相まって、痛々しさがイヤというほど伝わってきます。エンタテイメントとはかけ離れているんですが、映画という表現方法にはこういう可能性もあるのだと衝撃を受けました。
 俳優では、主役を演じたエミリー・ワトソンの魅力がすさまじかった。彼女の、聡明さの中に危うさを備えた演技こそ、この映画が成立できた最大の要因だと思います。作品全体を章立てで構成し、その区切りごとに風景画のような景色とロック音楽が挿入されるなどの演出も、独創的で好感が持てました。

 最後の演出については判断の分かれるところですが、僕はこういうセンスは好きです。泣ける映画というより辛い映画ですが、そこに嫌らしさを感じさせないあたり、監督の映画表現が成熟してきたと実感できる作品でした。

監督:ラース・フォン・トリアー
出演:エミリー・ワトソン、ステラン・スカルスガルド、ジャン=マルク・バール、ウド・キアー
20051130 | レビュー(評価別) > ★★★★ | - | -

乱歩地獄

 江戸川乱歩の怪奇小説4編を、4人の監督でオムニバス映画化。大満足とはいきませんでしたが、意欲的な実験作の空気を味わえたことと、実相寺乱歩の新作を楽しめたのは良かった。

 「火星の運河」音を消したのは面白いけど、その分スマートになりすぎた印象。お尻お尻ー。
 「鏡地獄」相変わらず実相寺の映像は乱歩に良く合います。特に今回は鏡で画面をコラージュしてやりたい放題。テロップのセンスも良い。あと成宮寛貴はエロいですね。監督が喜んで撮っているのが分かりました。
 「芋虫」普通のグロ映画。芋虫の特殊メイクはイマイチ、エロスもストレートで倒錯感は薄い。松田龍平は相変わらず良かった。
 「蟲」浅野忠信が生き生きしていました。ブリーフ最高! 緒川たまきも、妖艶という言葉が似合います。物語構成は凝ってますが、どうせならもっとハジけてほしかった。サイコだったけど乱歩らしさは薄いというか。ビジュアルは納得。

 構成が起承転結になっているせいか、135分という長い上映時間が全く気になりません。ただし全体にエネルギー不足で、実験映画としてもツッコミが足りず、乱歩という素材の偉大さばかりが意識されてしまいました。そういうところで思考の渦にはまってしまうところは「乱歩地獄」のタイトル通りなのかも。エログロナンセンスの乱歩世界を追体験するぐらいのつもりで観れば、充分楽しめます。

監督:竹内スグル、実相寺昭雄、佐藤寿保、カネコアツシ
出演:浅野忠信、成宮寛貴、小川はるみ、市川実日子、寺島進、松田龍平、岡元夕紀子、大森南朋、韓英恵、緒川たまき、田口浩正
公式サイト
20051126 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

ディナーラッシュ

 自身がロケ地となったレストラン「ジジーノ」のオーナーでもあるというボブ・ジラルディ監督による、小粋なドラマ作品。最後にちょっとしたスパイスを利かせていますが、それ以上に地味なシーンを繋いでいく演出力が冴えています。

 個人的にマフィアを題材にした映画が好きなのですが、現在を舞台にするとこうなるんだ、という説得力を感じました。直接的な事件より、マフィアの精神を中心に描くことで彼らの世界を感じさせるという作り方も潔かったり。素直に格好いいなぁ、と感じさせられました。
 俳優陣が地味ながら良い演技をしていて、それを老練ダニー・アイエロが締めています。ジェイミー・ハリス(リチャード・ハリスの息子)の演じた物知りなバーテンが、月並みですが魅力的でした。なお、マルティ役のサマー・フェニックスはフェニックス一家出身。なるほど、という演技力。ジョン・コルベットとマーク・マーゴリスの二人が、誰かさんに似ているのがずっと気になっていました。

 何度も出てくる厨房シーンのリアリティは流石。音楽(オリジナルではありませんがチョイスが良い)も編集も、とにかく全ての味付けが映画の内容を巧みに引き立てていて、安心して観ることができました。お薦めしたい映画です。

監督:ボブ・ジラルディ
出演:ダニー・アイエロ、エドアルド・バレリーニ、カーク・アセヴェド、ヴィヴィアン・ウー、マイク・マッグローン、サマー・フェニックス
20051124 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

イン・ザ・スープ

 映画監督になりたい青年アルドルフォと、謎の老人ジョーの奇妙な友情を描いたドラマ。プロットだけなら単純な物語なんですが、キャラクターが魅力的なおかげでまったく飽きずに観ることが出来ます。と思ったら、どうやら監督の実体験に基づいた話だそうで、映画も老人ジョーに捧げられていました。なるほど。しかし、とても実話とは思えないほど魅力的な物語です。

 魅力の一つは、実話ベースであることを感じさせないほどまとめ上げられたシナリオにあると思います。エピソードの一つ一つに存在意義があるので、淡々と進むストーリーからも目を離せませんでした。主人公二人を演じるS・ブシェミとSカッセルも名演。カッセルは老人の魅力を細かい仕草で体現していて思わず唸ってしまうほどですし、ブシェミも珍しく「平凡でうぶな青年」を演じていて、この二人の軽妙なやりとりが物語を引き締めていました。

 全体に寓話的ですが教訓的な話というわけではなく、ほのかな余韻が心に残る映画です。しかも他では見られないほど素朴なブシェミを楽しめるので、ついつい評価が甘くなってしまいました。ファンなら要チェックですが、現在はビデオのみでDVDは未発売。残念。

監督:アレクサンダー・ロックウェル
出演:スティーヴ・ブシェミ、シーモア・カッセル、ジェニファー・ビールス、ジム・ジャームッシュ
20051122 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

パリ・テキサス

 ヴィム・ヴェンダース監督の代表作との呼び声も高いロード・ムービー。まだロード・ムービーというものをそれほど経験していない学生時代に観て、完全に打ちのめされました。

 一切の言葉を放棄し、行動の意図すらつかめない主人公に不思議と感情移入してしまって、長い上映時間の最後まで身動き一つ出来なかったことを覚えています。ロード・ムービーばかりを撮ってきた監督にとって、このストーリーは些か分かり易すぎるかもしれませんが、その単純なドラマを146分という長い上映時間を使ってじっくり描写することで、人間と世界の本質をなんとか描き出してやろうという監督の執念が伝わってきて、映像から目が離せませんでした。そして全てが終わってから振り返ると、アメリカという大地の美しさが心に響いてきます。この空気感こそ、アメリカに執着する監督ならではの拘りなのでしょう。

 映画を観る動機の一つに「価値観を変えられる」というのがあるとするなら、まさにこの映画こそ、そのエネルギーを持った作品だと思います。頭で考えるのではなく、その空気に触れさせることで観客自身の視野を広げるという、まさにロードムービーの醍醐味が結実したかのような傑作でした。

監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:ハリー・ディーン・スタントン、ナスターシャ・キンスキー、ディーン・ストックウェル、ハンター・カーソン
20051118 | レビュー(評価別) > ★★★★ | - | -

天使のくれた時間

 ニコラス・ケイジが久々にハートフルドラマに出演した、比較的地味な良作。こういうケイジが観たかったので大満足でした。凝りまくったアクション映画や芸術映画じゃなくても、きちんと作れば単純に観ていて楽しめる、ということを再確認させられた作品です。
 ニューヨーカーの抱いている不安を巧みに描きつつ、さりげなく「いい話」にしているところに好感が持てました。シチュエーションもテーマも使い古されたものながら、それを今のセンスで再現して、ちょっと現代風に面白おかしく味付けしています。そして、何よりこういう複雑な人物を演じて無理のこないニコラス・ケイジが最高。割り切ったおばさん役が妙にはまっていたティア・レオーニや、ふてぶてしい演技が似合うドン・チードルも印象的です。

 監督は「ラッシュ・アワー」で好評を博したブレット・ラトナー。ちょっとデフォルメされた世界を描くのが得意な人なので、こういうファンタジーを撮ると似合いますね。付き合いの長い恋人が居る人は、ぜひカップルで見ていただきたい作品です。

監督:ブレット・ラトナー
出演:ニコラス・ケイジ、ティア・レオーニ、ドン・チードル
20051104 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

テルマ&ルイーズ

 リドリー・スコット監督による、女性二人が主役のロードムービー。まんまアメリカン・ニューシネマな脚本は、アカデミー賞とゴールデン・グローブ賞共に脚本賞を受賞しています。

 主役二人の暴走ぶりは開き直りが感じられて良いのですが、痛快と言い切れないシナリオなのが腑に落ちませんでした。リアリティなのかもしれませんが、だとするとこの展開は悲しすぎます。良くも悪くもアメリカらしい、焦燥感溢れる映画でした。
 主演のスーザン・サランドン、ジーナ・デイヴィスに加え、ハーヴェイ・カイテル、マイケル・マドセン、ブラッド・ピットなど、スター性の高い俳優を揃えていて、まず見応えがあります。それでいて、映画全体の世界観を見失わないあたりはさすがスコット監督と言うべきでしょう。撮影も、相変わらず90年代初頭の作品とは思えないほど美しく仕上がっています。

 128分とちょっと長めなのが気になりますが、それを我慢して観るのもまた一興かと。個人的にはこの映画でマイケル・マドセンに惚れました。ブラッド・ピットのヤンキーぶりも必見。

監督:リドリー・スコット
出演:スーザン・サランドン、ジーナ・デイヴィス、ハーヴェイ・カイテル、マイケル・マドセン、ブラッド・ピット
20051019 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

ラ・ジュテ

 未だに揺るぎない評価を得ている実験的SF映画の傑作。学生時代に観まくった実験映画の中でも、特に印象に残っているものの一本です。

 ほぼ全編がモノクロのスチル写真とモノローグのみで構成されていて、およそ映画というものとはかけ離れていますが、実際に観てみるとあまり違和感を感じないのが不思議。逆に画面に動きが少ないだけ、観客の感情が主人公の内面に接近できるわけです。そのため、SFとしても、ある男女の物語としても魅力的なストーリーが、より効果的に表現されているのでしょう。30分に満たない上映時間といい、とても濃密で完成された作品だと感じました。
 あらゆる映画において大事な要素の一つは「観ている瞬間が心地良いこと」だというのが僕の持論ですが、この映画は突飛なアプローチながらそれを実現しているのに感動しました。こういうスタンスの映画に弱いんです。

 普通の映画とは全く違うジャンルのものなので注意が必要ですが、そんなに難解な作品ではありません。むしろ別種のエンタテイメントという感じ。物語が良いのは勿論ですが、ひたすら美しいカットの連続も、一見の価値有りです。

監督:クリス・マルケル
出演:エレーヌ・シャトラン、ジャック・ルドー、ダフォ・アニシ
20051018 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

ノー・マンズ・ランド

 ボスニア紛争時にボスニア軍でドキュメンタリーを撮影していたダニス・タノヴィッチの長編デビュー作。やはりボスニア紛争を題材とし、軍やマスコミを巻き込んんだドタバタ劇を確実なタッチで描いている。リアリティに裏打ちされた演出と、その中で見せるブラックな、ときに笑うことのはばかられるセンスは凄い。

 明快なシナリオの中に、現地の勢力図を縮図として組み込むしたたかさがあり、各国語を話すキャストにきちんと演じさせているおかげで嫌味がありません。今までにない戦争映画、特に国連PKO関連の映画の中では決定打と言える作品かも。政治問題に興味がない人には辛いかもしれませんが、ちょっと興味がある人なら勉強のために見ても十分意味のある映画だと思います。
 凄いのは、これだけの現状をきちんと一つのシナリオにまとめ上げて、ところどころ笑いすら取ろうとすることです。ただE・クストリッツァのような狂気と情熱ではなく、ドキュメンタリー経験者らしく冷静に事態を描写していくスタンスが特徴的でした。

 後味の悪い映画で、この結末を作り出したのは他でもない西側諸国だ、という監督の叫びが痛いほど伝わってきます。ラストに至るころには情けなさで押しつぶされそうになりましたが、それだけ考えさせられる映画です。

監督:ダニス・タノヴィッチ
出演:ブランコ・ジュリッチ、レネ・ビトラヤツ
20051017 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -