★★★★で満点、ネタバレは原則ありません。
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エピデミック〜伝染病

 モノクロ・ハンディカメラで撮られた実験色の強い作品。トリアー監督をはじめ、実在の人物が多数「本人」として登場し、現実と空想の境目が不明瞭な中で物語が展開します。映画としてはひどく退屈かも知れませんが、相変わらず不快感をかき立てる映像など、トリアー監督らしい力強さのある作品でした。

 あまり真面目に語るとかえって馬鹿馬鹿しくなりますが、トリアー監督作の中では珍しく遊び心のある、ある意味で「楽しい」作品です。物語の中で蔓延する伝染病は、そのまま観客に対するあからさまな攻撃であり、ラストの唐突さと相まって非常にユニークな印象を持ちました。映画という表現方法を一から構築し直そうとする、トリアー監督の試行錯誤の結果なのかもしれません。
 個人的にはトリアー監督とニルス・ヴァセル(脚本家)の「プロット制作過程」が面白かった、というか非常に参考になりました。トリアー監督の奇人変人ぶりも良い。こういう映画を撮っちゃうあたりに、この監督のイマジネーションの源泉を見たような気がします。

監督:ラース・フォン・トリアー
出演:ラース・フォン・トリアー、ニルス・ヴァセル、ウド・キアー
20051120 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

エレメント・オブ・クライム

 デンマークの鬼才ラース・フォン・トリアー監督が、その壮絶なビジュアルで世界中から注目を浴びた、異色のサスペンス映画。鉄錆のように赤くくすんだトーンで全編が構成され、幻想的な中にどこか危うさを含んだまま進行するストーリーは圧巻。

 主人公の刑事が事件の持つ異常性に取り込まれていく顛末を、饒舌な映像表現によって描き出しています。刑事の視線と映像とを同調させることで、観客までも催眠術にかけてしまおうとする病的な演出が凄い。計算し尽くされたカメラワークからは、映像を完全にコントロールしようとする監督の意気込みが伝わってきます。あまりに映像の毒が強すぎて物語が疎かになるようなところもありますが、その本末転倒ぶりこそこの監督の魅力なのでしょう。
 黄金色の海の中で溺れるような、不思議な感覚が観たあとも数日間抜けませんでした。良くも悪くも、それだけのインパクトを備えた映画。トリアー監督にとっては初期の作品ですが、後の作品に負けない拘りが感じられます。

監督:ラース・フォン・トリアー
出演:マイケル・エルフィック、メ・メ・レイ、エスモンド・ナイト
20051119 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

デリカテッセン

 ジャン=ピエール・ジュネとマルク・キャロのコンビによる、非常にブラックでユーモアに満ちた長編処女作。それまで映画に抱いていたイメージが、この作品によって根本から覆されました。それだけオリジナリティのある、希有な映画です。

 ここまで他の作品と共通点のない映画というものは初めて観ました。ファンタジーともSFともつかないダークな世界観に、メルヘンの味付けがされているのがツボ。ストーリー自体は平板なんですが、ラストには映画を見たという充実感が確実にあります。それに奇抜なキャラクターと会話のおかげで飽きることがありません。ダリウス・コンジによる、空気感を強調した撮影も新鮮です。
 あと、俳優陣も独創的。ドミニク・ピノンの顔は一度見たら忘れられませんが、この人を始め普通の面構えの人が一人も出ていません。しかも演技もジュネ監督の美学で統一されていて、本当に絵本のような魅力に溢れた映画でした。

 非常に良い映画なんですが、映像が暗すぎるのでテレビで観ると何が起きているのか分からないのが難と言えば難。なので、ぜひまたどこかで上映してくれないかなあ、と思っている作品です。コンビの次作である「ロスト・チルドレン」と一緒なら、それこそ毎日通ってしまいそう。

監督:ジャン=ピエール・ジュネ、マルク・キャロ
出演:ドミニク・ピノン、マリー=ロール・ドゥーニャ、ジャン=クロード・ドレフュス、ティッキー・オルガド
20051105 | レビュー(評価別) > ★★★★ | - | -

ファイト・クラブ

 デヴィッド・フィンチャー監督によるサスペンス映画の超問題作。テーマ自体は使い古されたものかもしれませんが、その提示方法があまりに暴力的で斬新でした。フィンチャー監督作品の中では、この作品が一番好きです。

 これはアメリカのX世代に対して向けられた映画で、その世代が持つ不満やストレスを直接的な物語にしたところが斬新だったのだと思います。だから感情移入の対象である主人公は名前を名乗らないし、地名すらこの映画からは極力排除されています。その中で「自分にも何か出来る」と勘違いさせるシナリオのパワーはかなりのもので、実際に世界各地でファイトクラブが設立されて問題になったことを見ても、そのメッセージ性の強さが分かります。
 とまあ語りたいこともありますが、単純にサスペンス映画として楽しめたのが高く評価する最大の理由です。二人の主人公が共に魅力的で、特にE・ノートンが優柔不断なダメ青年を巧みに演じているので物語の説得力が増していると感じました。フィンチャー監督作の「遊び」もこの作品では極まっていて、しかもストーリーと直結した演出は他で見られない快感です。

 生きる目標を失っている若い世代に向けた、フィンチャー流のメルヘン、というのがこの映画の本質ではないでしょうか。映画全編が暴力にまみれていますが、この映画をバイオレンス映画だと評する人はそもそも観客として想定されていないので、黙って立ち去るのが無難でしょう。

監督:デヴィッド・フィンチャー
原作:チャック・ポーラニック
出演:エドワード・ノートン、ブラッド・ピット、ヘレナ・ボナム・カーター、ジャレッド・レト、ミート・ローフ・アディ
20051027 | レビュー(評価別) > ★★★★ | - | -

オーシャンズ11

 1960年の話題作「オーシャンと十一人の仲間」をスティーヴン・ソダーバーグ監督がリメイク。オリジナルに負けず劣らずの豪華キャストで制作された中身ゼロのスター映画で、そこそこ楽しめました。

 ラスベガスでお祭り騒ぎ的に撮られたこの映画では、ソダーバーグもいつもの作家性を廃してエンタテイメントに徹しているので、映画自体は取り立てて論じるべき内容はありません。豪華なキャストが出てきて粋なドラマを繰り広げ、ラストにきっちりどんでん返しがある、非常にありきたりな「スター映画」という印象です。
 ただその程度の「スター映画」を目指しているというのが随所から感じられるのが、この映画の面白いところ。なにしろ近年のハリウッド映画は「スター映画」すらまともに撮れていないのが現状なので、ハリウッドの映画オタク筆頭であるソダーバーグとしては「このぐらいのことは簡単にやってくれよ」と言いたいのでしょう。実際ラスベガスで毎日酒浸りになって、二日酔いに苦しみながら演技してるとは思えないほどキャストはきちんと仕事をしています。誉められたことではないですし、監督自身は寝食を削って編集していたようですが…。

 そういう意図を汲めば充分意義のある映画ですが、出来上がった映画自体を愛せるかというとそれは別問題なわけで。やっぱり平凡な「スター映画」は今の時代にはそぐわないのかなあ、と思っていたら「オーシャンズ12」で挽回してくれたので、さすがソダーバーグと感心したことを付記しておきます。

監督:スティーヴン・ソダーバーグ
出演:ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、ジュリア・ロバーツ、マット・デイモン、ドン・チードル、アンディ・ガルシア
20051026 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

セブン

 デヴィッド・フィンチャーが新人らしからぬところを見せつけたサイコ・サスペンス映画の傑作。これは問答無用で惚れました。

 宗教的なテーゼに基づいて犯行が繰り返される様が、非情とも言える客観性と共に描かれています。それを傍観するしかない主人公達の無力感が、土壇場でいきなり観客自身にまで襲いかかってくるときの恐怖は、他のどの映画においても感じたことのないものでした。見終わって映画館から出てくるときにまだ身体が震えていたのを覚えています。
 降り続く雨の向こうに霞んでいる現実感のない町並み、精神を逆なでするノイズ混じりの音と映像、「人を殺したくなる」ほどエキセントリックな犯行、それを楽しんでいる自分に気付いたときの倒錯感、そういう全てを実現したフィンチャー監督の演出と、ダリウス・コンジによる撮影にただ圧倒されるばかりの映画でした。

 あまりの後味の悪さに、最初は「二度と観たくない」と思いましたが、時間が経つにつれてその魅力に身体が蝕まれていく心地よさを感じられた希有な作品です。カイル・クーパーによるタイトルバックが、それを端的に表現していて秀逸。なお、犯人役の俳優は映画の予告ではクレジットされていなかったので、ここでも敢えて書きませんでした。そのあたりは観てのお楽しみということで。

監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:ブラッド・ピット、モーガン・フリーマン、グウィネス・パルトロウ
20051023 | レビュー(評価別) > ★★★★ | - | -

スリーパーズ

 ハリウッドの大御所、バリー・レヴィンソンによるメガヒット作品。ブラッド・ピットやロバート・デ・ニーロ、ダスティン・ホフマンと豪華キャストを配しつつ、いかにもアメリカらしい年代記に仕上げています。
 冒頭から雰囲気のある映像で引っ張りつつ、4人の男の少年時代からジワジワと進行していくストーリーは見応えがありました。ノン・フィクション小説を原作としている割にはエンタテイメントな展開ですが、「血よりも濃い友情」を感じさせるには分かりやすくて良いのかも。アメリカ裏社会の雰囲気を垣間見られるのが個人的に好みです。とはいっても、「それ以上の何か」が無いのは如何ともしがたいところ。豪華な出演陣と、ケレンのあるストーリーを楽しんだら、あとのことは余り深く考えないというのが一番でしょう。

 良くも悪くもハリウッドらしい作品でした。初共演のロバート・デ・ニーロとダスティン・ホフマンも注目ですが、やっぱり見どころはケヴィン・ベーコンの憎まれ役っぷり。主演陣も豪華ですが、脇役も豪華ですよ。

監督:バリー・レヴィンソン
出演:ジェイソン・パトリック、ブラッド・ピット、ミニー・ドライヴァー、ロバート・デ・ニーロ、ダスティン・ホフマン、ケヴィン・ベーコン
20051022 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

12モンキーズ

 鬼才という言葉がいやに似合うテリー・ギリアム監督が、クリス・マルケルの「ラ・ジュテ」に触発されて撮ったというSFサスペンス。よく作り込まれていますが、不満点の多い内容でした。

 物語の根幹はオリジナルそのままで、それを膨らまして長編に仕立てています。ただ、その「変わった部分」が皮肉たっぷり過ぎてダメでした。サスペンス的な盛り上がりはあるし、やりたいことは分かるんですが、物語の進展と共に方向性が不明瞭になっていって、オチも釈然としません。
 例によってセットや俳優の使い方は巧みでした。こんなにブルース・ウィリスを渋かっこ良く感じたのは初めてです。マデリーン・ストウも綺麗。ブラッド・ピットは、ちょっとやり過ぎな感はありますがエキセントリックで好きです。また、冒頭の荒廃したニューヨークのシーンに代表される世紀末感あふれるSF描写も見事。というか、映画が始まってしばらくは、そういったギミックのせいで興奮しっぱなしでした。

 各要素や前半の展開は気に入っているので、テレビなどで放送しているとついつい観てしまいます。むしろ一度経験しているので寛容になれるのかも。あと悪夢のようなメインテーマも秀逸。ともあれ、ギリアム好きとしては捨て置けない作品ではありますね。

監督:テリー・ギリアム
出演:ブルース・ウィリス、マデリーン・ストウ、ブラッド・ピット
20051021 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

ラ・ジュテ

 未だに揺るぎない評価を得ている実験的SF映画の傑作。学生時代に観まくった実験映画の中でも、特に印象に残っているものの一本です。

 ほぼ全編がモノクロのスチル写真とモノローグのみで構成されていて、およそ映画というものとはかけ離れていますが、実際に観てみるとあまり違和感を感じないのが不思議。逆に画面に動きが少ないだけ、観客の感情が主人公の内面に接近できるわけです。そのため、SFとしても、ある男女の物語としても魅力的なストーリーが、より効果的に表現されているのでしょう。30分に満たない上映時間といい、とても濃密で完成された作品だと感じました。
 あらゆる映画において大事な要素の一つは「観ている瞬間が心地良いこと」だというのが僕の持論ですが、この映画は突飛なアプローチながらそれを実現しているのに感動しました。こういうスタンスの映画に弱いんです。

 普通の映画とは全く違うジャンルのものなので注意が必要ですが、そんなに難解な作品ではありません。むしろ別種のエンタテイメントという感じ。物語が良いのは勿論ですが、ひたすら美しいカットの連続も、一見の価値有りです。

監督:クリス・マルケル
出演:エレーヌ・シャトラン、ジャック・ルドー、ダフォ・アニシ
20051018 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

ユージュアル・サスペクツ

 ブライアン・シンガー監督、クリストファー・マッカリー脚本による、抜群の構成力が魅力のサスペンス・ミステリ。どうせつまらないだろうとタカをくくっていたら、まんまとやられました。

 非常にしっかりした構成の映画なので、きちんとシナリオを追っていかないと面白さは半減するかも知れません。ただ穿った見方をすればトリックはすぐに分かってしまうので、推理力は控えめで観ると良いのでは。騙される楽しさでは、これほどの映画は少ないのでは、と思いました。
 逆に言えば騙すことに全てをかけている映画なので、話にテーマらしいものはありません。そのせいか鬼気迫るものが無く、最後まで予想の範囲内の盛り上がりに終始します。映像も平凡ですし、サービス旺盛な演出は大仰と感じるところも多々ありました。賛否分かれるのは、多分こういう点が原因なのではないかなあ、と。僕もこの辺が気になって好きになれないのです。

 純粋にミステリ的なカタルシスが好きな人は、一度観てみては。でも、映画を何百本と観ている人には向かないかも知れません。

監督:ブライアン・シンガー
出演:ガブリエル・バーン、スティーヴン・ボールドウィン、チャズ・パルミンテリ、ケヴィン・ポラック、ケヴィン・スペイシー、ベニチオ・デル・トロ
20051010 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -