★★★★で満点、ネタバレは原則ありません。
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黒い十人の女

 '61年作品という古さを感じさせない、市川崑監督による傑作フィルム・ノワール。サスペンスとコメディという二つの要素を巧みに絡めた、軽妙なストーリーが秀逸です。

 まず船越英二の演じる浮気性のTVプロデューサーを、山本富士子や岸恵子といった十人の女性達が取り合う、という構図が面白い。ヤクザ社会が染みついている日本でノワールをやるとなんとも様にならないものですが、この”女性の陰謀”という題材は見事にハマっていました。TV局内の描写も説得力があって物語に深みを加えていますし、そこに佇む船越英二のいかにもな業界人っぷりは必見です。
 しかしこの映画の魅力は、やはり市川監督の映像センスに尽きるでしょう。カメラの置き方、光の当て方、音の乗せ方といったテクニックを駆使して画面の密度を上げ、場面に応じた緊張感をつくり上げる縦横無尽な演出は圧巻。余韻を残しつつバッサリ終わるラストといい、市川監督の独壇場と言える内容でした。

 総じて、洒落の効いたシナリオと市川監督の一流の演出が楽しめる、上質のサスペンスでした。それらを全てひっくり返すぐらいの個性に欠けるのが悲しいところですが、今でも全く色褪せないスタイリッシュな映像は必見です。

監督:市川崑
出演:船越英二、岸恵子、山本富士子、岸田今日子、宮城まり子、中村玉緒、ハナ肇とクレージーキャッツ
20060222 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

ホワイトアウト

 大作映画のヒットに恵まれていなかった日本映画界に一石を投じるはずだったアクション大作。「踊る大ハード」という下馬評通りで既視感たっぷりなものの、それなりに楽しめる映画でした。

 原作はかなり良くできたサスペンスで、ドラマもアクションも盛りだくさんなんですが、この映画はそれを最大限に再現していて好感が持てました。親友の死とか犯人グループの確執など、分かり易いドラマではあるものの、定番だからこそ安心して楽しめます。原作はそこに様々なドラマが絡み合い、かつダムという認知度の低い空間を最大限に生かした展開が見物だったんですが、映画でそのスケール感が損なわれてしまったのだけは残念でした。特にセット撮影の場面が辛い。ロケ部分の映像が良くできているだけにもったいないなあ、と。
 俳優では吹越満が良かった。原作では彼の動機がきっちり描写されているので、映画で物足りないと思われた方はぜひ原作を。佐藤浩市も、映画らしく脚色されたキャラクターを思いっきりふてぶてしく演じていて見応えがありました。松嶋菜々子が全然出てこないのも良いですね。

 確かに所々で詰めの甘さが目立つ、あまり褒められた作品じゃないんですが、これをパクリなどと言って一概に非難するのは疑問。というか、それなら最近の日本製大作映画なんか全部パクリじゃないのかと。下手にクセがなく後味も悪くないだけ、この映画はまだ救いがあります。

監督:若松節朗
原作:真保裕一
出演:織田裕二、松嶋菜々子、佐藤浩市、石黒賢、吹越満、中村嘉葎雄、平田満
20060221 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

新幹線大爆破

 佐藤純弥監督による、日本パニック映画史上に残る大傑作。新幹線ひかり号に爆弾を仕掛け、時速80キロ以下になるとそれが爆発する、という発想を有効に活用した脚本が秀逸でした。
 とにかくそのアイデアが良い。実際に発生したときにどうなるか容易に想像できるので、新幹線に同乗してしまった人々のパニックぶりも頷けます。同時に、高倉健などが演じる犯人グループの切実なドラマと巧妙な手口も、いかにも70年代というケレンに溢れた設定で、かつ犯罪映画として単体で立てるほど。こういう一つ一つの作り込みがしっかりしているので、映像や端役の演技が多少チープでも気になりませんでした。

 ここまでアクションとサスペンスが両立できている日本映画というのは珍しいかも知れません。見るたびに手に汗握る、最高のパニック映画です。ちょっと昔の制作なうえに、当時の国鉄からロケ撮影を断られたという経緯もあって映像の迫力は若干落ちてしまうんですが、それを差し引いても必見の一本。

監督:佐藤純弥
出演:高倉健、山本圭、宇津井健、田中邦衛、織田あきら、千葉真一、小林稔侍、永井智雄、志村喬
20060213 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

太陽を盗んだ男

  長谷川和彦監督、沢田研二主演による、日本犯罪映画史上に輝く金字塔。まさにカルト映画と呼ぶにふさわしい、強烈なメッセージを含んだ傑作です。

 あまりの評判の良さに観たら落胆するのではと危惧していましたが、実際は感動ばかりで頭の中がぐるぐる回っていました。原爆を作ってしまうという突拍子もない展開も面白いんですが、”その後”の主人公の行動が、現代の日本人の心境を巧みに反映していて背筋が震えました。荒削りな演出もあってか、大作映画的な作りなのにテーマが全く薄れていないのにも驚かされます。
 沢田研二の無軌道っぷりは、まさに時代の主人公として様になっています。刑事役の菅原文太がちょっと濃ゆくて困ったのですが、それがあの後半は自然に消化されていたのには驚きました。コミカルな人物描写で、作品の雰囲気を深刻にし過ぎないバランス感覚が絶妙。アクションシーンなんかに昔っぽさをひしひしと感じてしまうのも、ここまで作品の出来が良いと気になりません。ビルを押すシーンとか、わけが分からないけど印象的なシーンの作り方も巧いですね。

 とにかく、日本映画が好きな人にも嫌いな人にもお薦めの作品。これだけパワーのある映画を昔の日本は撮れていたのだ、という事実に何より感心させられるのは確実です。

監督:長谷川和彦
出演:沢田研二、菅原文太、池上季実子、北村和夫、風間杜夫、伊藤雄之助
20060210 | レビュー(評価別) > ★★★★ | - | -

姑獲鳥の夏

 京極夏彦による人気ミステリ小説を、奇才実相寺昭雄監督で映画化。原作既読者に向けた映画ではあるものの、オカルト的な長広舌や実相寺映像が好きな人には、なかなか楽しめる内容でした。

 長い原作の大半は京極堂の喋りだけなので、どう映像化するのかと危惧していましたが、さすが実相寺監督。あの長文をきっちり喋らせつつ、奇抜なカメラワークで巧みに場面を繋いでいて、飽きさせない構成になっています。展開が単調で盛り上がりに欠ける気もしますが、もともと原作がキャラ萌え中心のライトノベルのようなものなので、山場を期待するのは間違い。原作のキモはきっちり映像化しつつ、最後まで雰囲気を崩さないセンスは驚嘆ものでした。
 豪華なキャストも役の雰囲気に合っていて、かつ全体に漂う昭和臭さが堪りません。特に堤真一は想像以上にハマり役でした。もう少し脚本にまとまりがあれば最高だったんですが、それで変にお行儀良くなるのも嫌なので我慢します。

 あまりに凝りまくった映像は目が疲れそうですが、僕はこのぐらい凝ってくれた方が好みなので万々歳。ひたすら美学を追究した映像と、豪華なキャストに面白みを見いだせる人にはオススメです。次の「魍魎の匣」も、このメンバーで映像化してくれないかなあ。

監督:実相寺昭雄
原作:京極夏彦
出演:堤真一、永瀬正敏、原田知世、阿部寛、宮迫博之、田中麗奈、松尾スズキ、恵俊彰、荒川良々
公式サイト
20060207 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

パニック・ルーム

 現代ハリウッドのカリスマとなったデヴィッド・フィンチャー監督による、ヒッチコック映画を模したようなシチュエーション・スリラー。あまりにもオーソドックスな内容には拍子抜けしました。かといって駄作かというと、実はなかなか侮れない作品なんですが。
 過去に見せた実験的な映像センスが今回は少し落ち着いて、過剰にならない程度に物語を演出しています。しかし、このニュアンスが絶妙。今までのカルト的な要素をすべて取り払ったおかげで、むしろフィンチャー監督の確実な演出力が際だった作品となりました。テーマ性こそ薄いものの、最後まで緊張感の持続する、良質のスリラーに仕上がっています。ラストも色々捻ってあり、謎も多く残るのですが、そこに一応の答えが用意されているような気がするところも、仕掛け人フィンチャーの手腕なのでしょう。

 これまで一癖ある映画を撮り続けていたフィンチャー監督の、ちょっとした息抜きのようなシンプルな映画でした。ただ、やっぱりフィンチャー監督には、その実力を生かしたテーマ性の強い映画を撮って欲しいというのが本音なんですが。

監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:ジョディ・フォスター、フォレスト・ウィテカー、ジャレッド・レト、クリステン・スチュワート、ドワイト・ヨアカム
20060206 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

ゲーム

 デヴィッド・フィンチャー監督が、ヒット作「セブン」に続いて手がけたサスペンス・スリラー。この映画に関しては、何を書いてもネタバレになりそうなのであまり書きません。まあ面白いと思います。こういうのもアリかなー。

 フィンチャー監督らしく、映像の作り込みは最高。脚本も、ちょっと予定調和的なものの、印象的な台詞も多々ありました。マイケル・ダグラスの、見事なほどのオロオロっぷりも手伝って、ラストまで仕掛けが満載で気が抜けない展開になっています。そこまでの流れが良かっただけに、最後のエピソードはちょっと余計かなあ、とは思いましたが。
 騙されないようにと緊張しながら観るより、次々と展開されるトリックを面白がって観るのが正解でしょう。

監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:マイケル・ダグラス、デボラ・カーラ・アンガー、ショーン・ペン
20060205 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

アモーレス・ペロス

 メキシコ発のオムニバス風バイオレンス・ドラマ。三つの異なるドラマが一つの事故で交錯する構成は秀逸ですが、淡々とした演出は返って逆効果だったかも。

 ハンディカメラによる撮影で観客に傍観者であることを意識させたり、登場人物を全て脇役として扱うなど、その達観した演出からは新人監督らしからぬ哲学性が感じられます。ただ、その”距離”を感じさせる演出のために、最後まで物語に感情移入出ません。激しいドラマに反して、TVニュースを見ているような淡々とした印象を受けました。これを良いという人もいるかもしれませんが、僕の好みとは違うな、と。
 三つのドラマの中では、最後のエル・チーボの話がやはり良いですね。終わらせ方も気が利いています。俳優では、これが長編デビューとなるガエル・ガルシア・ベルナルの魅力が凄い。人気が出るワケです。

監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
出演:ガエル・ガルシア・ベルナル、エミリオ・エチェバリア、ゴヤ・トレド、アルバロ・ゲレロ、バネッサ・バウチェ
20060131 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -

狼たちの午後

 1972年に起きた銀行強盗事件を下敷きに、シドニー・ルメット監督が制作したサスペンス映画。うだるような夏の暑さが、70年代の持つ熱狂した空気を感じさせる傑作です。

 単純な銀行強盗事件に留まらず、民衆を扇動しFBIすら登場させる犯人達のカリスマ性が良い。どこまで実話に基づいているのかは不明ですが、この映画によって描かれた当時のアメリカ社会に内在する問題には戦慄すら覚えました。回想シーンやモノローグを一切使用しない演出も、物語の重厚さを引き立てています。あくまで銀行強盗の顛末を時系列に沿って描くことで、混乱した現場の空気がひしひしと伝わってきました。
 まだ若々しいアル・パチーノが、銀行強盗役を鬼気迫る見事な演技でこなしています。相棒役のジョン・カザールや、出番は少ないんですがクリス・サランドンなど、出演陣も見物。

 劇中で何度も叫ばれる「アティカ!」は、事件直前の'71年に起き、多数の犠牲者を出したアティカ刑務所の暴動事件を指しているそうです。この言葉に野次馬が増長する場面など、忘れがたいシーンが多々ありました。70年代を代表する作品の一つでしょう。

監督:シドニー・ルメット
原作:P・F・クルージ、トマス・ムーア
出演:アル・パチーノ、ジョン・カザール、チャールズ・ダーニング、ジェームズ・ブロデリック、クリス・サランドン
20060126 | レビュー(評価別) > ★★★ | - | -

シンプル・プラン

 B級ホラーのヒットメイカーであるサム・ライミ監督が、ベストセラー小説の映画化に挑んだ意欲作。これまでの作風からはとても想像出来ない落ち着いたトーンに驚かされる、サスペンス映画の佳作です。

 大金を手にした人々の動揺と、そのために引き起こされるトラブルが非常に自然に描かれていて、思わず引き込まれました。日常に潜在している不満が、現金を前にしたときに顕在化する様はゾクゾクします。定番とは言え、落とし方も心に迫るものがありました。それだけに途中でチープなミステリのような展開になってしまったのが残念。あと、折角の雪景色を映像的に活用し切れていないところも物足りないところです。
 それにしても、ビル・パクストンは”冴えないアメリカの小市民”を演じると説得力がありますね。共演のビリー・ボブ・ソーントンが、珍しく色気ゼロの冴えない中年をきっちり演じているのも凄い。最初本人かと疑うようなビジュアルなんですが、彼がいなければここまでの映画にはならなかっただろう、というほどの名演でした。

監督:サム・ライミ
原作:スコット・B・スミス
出演:ビル・パクストン、ブリジット・フォンダ、ビリー・ボブ・ソーントン
20060124 | レビュー(評価別) > ★★ | - | -